人生と学び

人生と学び #15 -誰かのために頑張るということ 村木厚子先生

2017年に津田塾大学総合政策学部の客員教授に就任された村木厚子先生は、厚生労働省でキャリアを積まれ、女性初の厚生労働事務次官まで務められました。「社会実践の諸相」「女性のキャリア開発」といった各分野の最前線で活躍されている外部の方をお招きする形で構成されている先生の授業は、さまざまな社会問題に目を向け、価値観を広げられると人気を博しています。

「人生と学び」第15回では、村木先生に公務員時代のお話や、これから大学生がするべきことなどをお聞きしました。



社会課題に対して視野を広げられる授業

—なぜ津田塾大学で教鞭を取ろうと思ったのですか?

「厚生労働省を退官したときに、『産業・官公・学業』の中でやったことのない『産・学』を経験してみたいという気持ちがありました。そんなときに、総合政策学部の客員教授のお誘いをいただいたのです。また、学部の内容が政策を考え、社会課題を解決するリーダーシップのある女性を育てるというものだったので、私の経験が役に立つのではないかと思いました」

—先生の授業では社会問題について最前線で活躍しているゲストをお呼びする形式をとっていますが、それはなぜですか?

「私の授業は一年生が最初に取る選択科目であることが多いので、大学に入ったばかりの学生に、ゲストのお話を聞いて興味のあるもの・面白いものを見つけてもらいたいからです。ゲストの方々も、学生に授業を通して伝えたいとお願いすると、とても快く引き受けてくださいます。研究をやったことのない素人ですので、なにかアドバンテージになるものを提供したいと思っています」

「ゲストにお呼びしている方々のほとんどが以前の仕事で知り合った人ですね。公務員は2年ほどの周期でポストが変わるので、全く知らなかったような分野の仕事をする機会が多いのです。新しい分野に対して私は素人でしたから、長い間、現場に携わっている方で、自分の『よい先生』になる人を見つけるようにしてきました。そういった自分の『よい先生』をゲストとしてお呼びしています」

—津田塾生に授業を通して伝えたいことは?

「一番伝えたいことは、世の中には自分で変えられることがたくさんある、ということです。今あるものは全て誰かが作って与えられてきたものです。そういった前提にあるものは変えられない、と思わないでください。与えられているものに対して疑問を持って、その疑問を持ったことは変えようと思ってもらいたいですね」 

—では大学生がしたらよいことは何でしょうか?

「正直、私は大学で学んできたことはほとんど覚えていないのです。知識や情報を仕入れても、それらはどんどん変化していくので、必要に迫られたときに勉強するしかありません。だから勉強より、自由な時間が取れる大学生の間に、なにか時間をかけないとできないこと、例えば旅行や趣味や部活やインターンシップなどを行うことで、好きなことを見つけてほしいです。自分がした体験はなかなか忘れませんからね。とはいえ、若い時の方が圧倒的に身につきやすい英語やデータ分析の技術はいまやっておいたほうがよいでしょう。また、リベラル・アーツ、一般教養はその後の勉強の基礎になるのでとても重要だと思います」

—先生が大学時代やっていた「時間がかかること」は何でしたか?

「私は経済的に結構厳しい生活だったのでアルバイトや読書をしていましたね。高校生までの読書は小説などでしたが、大学に入ってからは社会課題がテーマの本などを読んでいました」

「反省点として、勉強や知識を得ることと、実践につなげて考えることを両立してやればよかったと思います。今思えば、クリティカルシンキングができていなかったですね。社会人になると、そのバランスがとても大切でした。大学では授業で習うばかりで、社会に出てから、学んだことをどうやって政策などにつなげていくのか、考えることが大変でした」

事務次官時代、ワシントンのブルッキングス研究所で Womenomics をテーマに講演した時の様子(ブルッキングス研究所提供)

—考えていくときのプロセスや大切なことは何でしょうか?

「考えるうえで大切なベースは、正しい情報を持つことです。総合政策学科では皆さんはデータを見ることなどを学んでいますが、それはとても大切なことです。海外の情報をダイレクトに手に入れることも多いでしょうから、このときに英語が役立ちますね。断片的でない、全体の情報を得て、さまざまな角度から現状を見ることが大切です」

—先生が問題意識を持つようになったきっかけはなんですか?

「私はそんなに立派な問題意識を持って仕事を始めていませんでした。父が社会保険労務士だったので、労働関係には興味を持っていたのですが、ずっと続けられそうな仕事に就こうというのが公務員になったきっかけです。仕事をしていくうちに、現場の人にたくさん会い、何に困っていて、何が問題となっているのかを見ていったことで、その人たちの力になろうと思うようになりました。そう考えると、私が問題意識を持つようになったきっかけは、仕事を通してできた出会いですね」

誰かのために頑張るということ

—先生は厚生労働省局長時代に、郵便不正事件で冤罪にも関わらず逮捕され身柄を拘束されましたが、そのとき何を思い、どう過ごしていましたか?

長女が生まれて初出勤の日の村木先生

「この事件を通して、いろいろな学びがありました。逮捕されると、たった一晩で自立していたと思っていた自分が何もかも人に頼らなくてはならなくなりました。支えられる側になったことで、助けられる人の気持ちがよくわかるようになりました。私はそれまで、助けられる人の気持ちをわかっていなかったのかもしれません」

「家族の絆を再確認できたことも学びであったと思います。捕まったときに思ったことは、もし私がここで最後まで頑張れなかったら、娘たちになにか大変なことがあったときに『お母さんは最後まで頑張れなかったな』と思われてしまうということです。そうは思って欲しくなかったので、娘たちのために頑張ろうと思ったら私はもう絶対大丈夫、という自信が生まれました」

「誰かのために頑張らなきゃ、という気持ちが最も人を強くすると思います。生活保護を受けている人も、障がい者も、自分も誰かのために何かができると思えれば強くなれます。東日本大震災の1カ月後に仕事で郡山へ行ったときにとても印象的なことが起きました。私の無罪が確定し、復職した直後だったので、福島県の方々もこの事件のことをご存知でした。大臣が『頑張ってください』と被災者の方たちを励ましていると、その方たちは『よかったね』と大臣の後ろにいた私を逆に励ましてくれました。そのとき、私はとても恥ずかしく思いながら、この人たちはなんて強いのだろう、優しいのだろうとも思いました。このことを他の人に話すと、『良いことができたね。人は励まされるだけじゃ元気になれない。村木さんを励ますことができてよかったと思うよ』と言われました。そのときに、誰かのために何かをするということはすごいことなのだと理解し、誰かのためにと思える仕事はとても強いのだと学びました」

よい顔をしていてほしい

—学生にはどういう大人になってもらいたいですか?

「よい顔をしていてほしいですね。自分のやっていることが面白いときや、やりがいがあると感じているときでないと、よい顔にはなれません。私が仕事を真面目にやろうと思ったきっかけが、官庁訪問のときに見た先輩たちの魅力的なよい顔です。自分もそのときに見たようなよい顔をしていたいと思いました。ただ偉くなるだけでなく、仕事を楽しみ、かつ誰かの役に立てているなぁと実感できるとよい顔ができると思います。仕事は大変だけど面白いなと気づいてほしいです」

—読者に伝えたいことはありますか?

「自分に自信がないと思っている人もいると思います。そういう人には、平凡でもいいのでテクテクと地道に歩いていると、随分と遠くまで行くことができるよ、と伝えてあげたいです。自信が持てない人は、少しだけ難しい仕事や大事な仕事、背伸びしなくてはいけないことをやってみてください。きっとその仕事がエネルギーを補充してくれますよ」