わたしと津田塾大学

わたしと津田塾 #8 - 「学生を支え続けた40年」

宗像 吉延さん(元学生生活課職員)

津田塾大学との出会いを教えてください。

通っていた教会の方の紹介で入職しました。その前は子ども向けの野球チームの立ち上げを行なったり、保育園の事務長を務めたりしました。津田塾大学では40年間、総務課や入試課(今の企画広報課入試室)、経理課などの部署を経て、学生生活課を最後に2015年3月定年退職しました。

大学に住んでいたことがあったと聞きましたが、本当ですか?

3号館が建っているところの奥に、昔は4号館という建物があって、そこの1階部分に家族4人で住んでいました。当時は、他の大学にも教職員用の宿舎があったりして、さほど珍しいことではなかったんですよ。付近にイチョウの木があって、ぎんなんを焼いて食べることもありました。その4号館は、残念ながら今は倉庫になってしまっていますね。
 

現在玉川上水と大学敷地を分け隔てている金網も当時は有刺鉄線だったんですが、穴が開いていて人が通れるようになっていました。そうすると近所のおばちゃんたちが入ってきて、敷地内にあるイチョウのぎんなんを取りに来ることもありました。のどかなよき時代でしたね(笑)。
 

一番おもしろかった仕事は何でしたか?

学生と関われたことが一番楽しかったですよ。先生方は担当の学生を卒業させて当たり前じゃないですか。でも我々職員のところにくるのは4年で卒業できなくて、5年、6年とかかる学生たち。個人的な問題もあれば、お金がなくて…という人もいる。ドロップアウトしそうな学生はそれぞれ事情を抱えているんだけども、それを聞き出して、一緒に解決していって、応えてくれることが嬉しいです。
 

あとは僕自身祭りが好きだから、去年の津田塾祭は僕自身も学生の目線になって、一緒に楽しみました。来年入学したい、津田に来てみたいと思う人たちに来てもらえるように、大学全体で企画を頑張ってもらいたいですね。もっと広報をして、大学をあげて盛り上がるようになってほしいです。そこで重要になるのが、誰がリーダーシップをとるか、なんですよ。みんな独立していて、主体的ですが、それを一本にまとめてくれる人が生まれてほしいですね。
 

学生に、どんな社会人になってほしいと思いますか。

今の世の中、一生安定して同じ会社にいるのが当然のようになっていますが、スキルがあれば転職が可能ですし、特に女性の場合、出産や育児があってそのような機会が多いと思うんです。最初の数年しっかりと勉強すれば、何があってもそのスキルが生きてくると思います。なので、まず自分がやろうとしたことをぶれずにやり遂げてほしいです。









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