津田塾探訪

津田塾探訪 #7 - カレッジ・ソング 'Alma Mater'

3月も下旬となり、駅や街中で、華やかな袴姿の女性を見かけるようになりました。卒業シーズンの3月に続いて4月には入学式と、学校では盛大な式典が続きます。津田塾大学には、入学式や卒業式に歌われる ‘Alma Mater’(アルマ・マータ) という愛唱歌があります。今回の津田塾探訪では、津田塾大学のカレッジ・ソングとして歌い継がれるAlma Materと、その歴史についてご紹介しましょう。



Alma Mater


この曲は、イギリスで古くから親しまれている民謡の一つに、津田梅子の親友であり、津田塾大学の創立に大きく貢献したアナ・コープ・ハーツホンが歌詞をつけたものです。Alma Materとは、もともとラテン語で「恵みの母」を意味します。そこから今では英語で、「母校」や「母校の校歌」といった意味で使われるようになっています。

アナ・C・ハーツホン

アナ・コープ・ハーツホンは米国ブリンマー大学留学中の津田梅子と出会い、その後塾の創成期を支え続けた人物です。彼女は40年近くにわたって英語や英文学、更には言語学や英語教授法の授業を担当するだけでなく、絵画や劇などに関する幅広い教養を備え、よく作詞も行っていました。これは医者でありながらも、文学にも高い関心を寄せ、多くの優れた詩を残した、父ヘンリー・ハーツホンの影響が大きかったと言われています。Alma Materの他にも、在学生の組織であった学友会設立の際に彼女が贈った詩も残されています。

ハーツホンと津田塾大学については、『津田塾探訪』のこれまでの記事も是非御覧ください:

津田塾探訪 #1 ー ハーツホン・ホール
津田塾探訪 #6 ー 探検!ハーツホン・ホールの地下室を探せ!


ハーツホンによるAlma Materの歌詞は、1500〜1700年ごろに使われていた初期近代英語の文体を模した擬古体で書かれています。この詩は、学問への扉を開き、あらたな道を示してくれた「母校」を讃えています。その道は、かつての偉人や賢者が若かりし頃に歩いたものなのです。次に、たとえ困難な道のりに踏みだすことになっても、それを乗り越えより強くなろうとする決意が歌われます。そして最後に、「母校」を出てそれぞれの道に進もうとする私達は、たとえ遠く離れていても、その胸の奥に「母校」の名を刻み続ける、と結ばれるのです。この格調高い英詩をのせた優しい旋律は、これまで110年以上にわたって、津田塾大学で新入生を迎え入れ、卒業生を送り出して来ました。


「カレッジ・ソング」としてのAlma Mater

Alma Materがはじめて卒業式で歌われたのは、津田塾大学の前身である女子英学塾が創立してから5年が経った1905年のことでした。それ以来、しばしばこの曲は津田塾大学の「校歌」と呼ばれることもありますが、大学が正式に「校歌」を定めたという記録は見つかりません。文献によると、大学創生期の卒業式においては、歌詞と曲を公募し、その年ごとに新しい歌が歌われていたのです。例えば、1903年、計8名の学生が卒業した第一回卒業証書授与式では、日本語の「梅の花」という曲の唱歌がなされたという記録が残っています。この「梅の花」は、卒業生の一人であった立石久によって作られ、感謝の気持ちを込めて津田梅子へ贈られたものでした。作中では津田梅子を梅の花になぞらえています。
 

『津田塾六十年史』に記録されている「梅の花」

そのような様々な歌の中で、いつの間にかAlma Materが唯一のカレッジ・ソングとして定着していったようです。この曲は、この大学に関わる人々の中で生まれ、人々に愛されたことで、さまざまな時代を超えて歌い継がれてきたものなのです。
 
多くの学生にとって、Alma Materを初めて耳にするのは入学式でしょう。式では一橋大学・津田塾大学合唱団ユマニテによるAlma Materが披露され、会場には美しいハーモニーが響き渡ります。4月1週目の新入生オリエンテーションの期間には、Alma Materの合唱練習の時間も設けられています。そして、大学生活を締めくくる卒業式では、学生や教員を含め出席した全員でAlma Materを歌います。Alma Materは津田塾生にとって、大学生活の始まりと終わりを告げる歌なのです。

卒業式では卒業式に参加する全員が一体となってAlma Materを歌います。

 
 
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1905年から変わることなく、110年を超える時を経て今なお歌い継がれるAlma Mater。この曲には、作者であるアナ・ハーツホンと、これまでのおよそ3万人の津田塾大学卒業生の思いが宿っていることでしょう。これからもこの曲は、入学生の心に響き、卒業生の心に優しい明かりを灯すカレッジ・ソングであり続けます。
 


 

参考文献
亀田帛子『津田梅子とアナ・C・ハーツホン 二組の父娘の物語』双文社出版、2005年。
津田塾大学 編『津田塾六十年史』中央公論事業出版、1960年。