先生、あの話をしてください
第二言語習得の研究者に聞いた、効果的な英語学習法
そんな疑問を科学的に研究しているのが、本学英文学科の稲垣善律先生です。今回私たちは、稲垣先生の専門分野である「英語学習法」についてのお話を伺いました。稲垣先生はやる気を維持しながら効率よく英語を学ぶコツを教えてくださいました。このインタビューでは、英語をマスターしたい!と考えている全ての人に、とても有益な情報をお届けします。
どうやったら、英語学習の効率は上がるのか?
—私たちは日々英語を勉強しているものの、なかなか思うようにマスターできなくて悩んでいます。
「たしかに、英語をマスターするのは難しいですよね。日本人が英語を習得するのが難しいと感じる理由は少なくとも二つあります。一つは、日本語と英語の違いが大きいからです。これは、専門的には『言語間の距離』と言いますが、日本語と英語は距離が遠く離れた言語同士なんですね。そしてもう一つは、日本では教室外で英語を使用する機会が少ないからです。普段、学校の外で英語を使って何かすることってなかなかありませんよね。だから、日本で暮らす日本人が英語をマスターするって、そもそもとても大変なことなんです。」
「だから、英語学習には時間と労力がかかります。でも、皆さんが英語学習に割くことのできる時間には限りがありますよね。他にもやらなければいけないことがたくさんあるわけですから。だから、英語の学習の質を上げることで、限られた時間で効率的に勉強することが重要なのです。」
—なるほど、英語学習の効率が大事なのですね。では、どうすれば効率がよくなるのでしょうか?
「ポイントは二つあります。一つは適切な方法で学ぶこと。もう一つは学ぶためのパワーを確保することです。」
—「適切な方法」と「パワーの確保」ですか?
「そうです。ではまず、『適切な方法で学ぶ』から詳しく説明していきましょう。」
—お願いします!
自分の学習プロセスを自分で管理する
「まず、非常に重要なことは、『メタ認知活動を徹底する』ということです。」
—「メタ認知活動」ですか?初めて聞きました。
「『メタ認知活動』とはつまり、自分の学習プロセス全体を自分自身で管理するということです。目標を設定したり、目標に合わせた学習計画を立てたりすることが、メタ認知活動の一部になります。例えば、『TOEICで◯◯点をとろう』という目標を立てたら、そこで自分の英語力を分析して、その目標には何が足りないかを見極め、足りない部分を身につけるための学習計画を立てて、その計画がどれくらい成果を得たのかを評価しながら修正していく。そうやって、自分が何のために何をやっているのかを常に考えながら学習を組み立てていく、ということです。」
—確かに、自分で何を勉強するのかを決めると、ただやらされている場合よりやる気がでそうですね。
「その通りです。自分の学習を自分が管理することで、『やらされているのではなく、自分で決めてやっている』という自律感が強まります。すると、学習に対する意欲が増すんです。」
—「メタ認知活動」、とても気になってきました。
「メタ認知活動を徹底するためには、目標を明確にするのが大切です。例えば、漠然と『英語ペラペラになりたい』では、何をしていいのかわかりませんよね。だから、『TOEIC/TOEFL◯◯点』でもいいし、『今日一日あったことを英語で説明できるようになる』でもいいですけど、ともかく明確な目標を立てる。すると、それを達成するために何をすべきかも明確になり、行動を起こしやすくなるんです。」
—受け身ではなくて、自分で自分の英語学習を決めていかないとダメなんですね。
外国語学習のしくみに合った方法で効率を上げる
—では、自分で計画を立てて学習をしていく時に、気をつけるべきことってありますか?
「たくさんあります。重要なのは、『外国語習得のしくみにあった方法を選ぶ』ということです。ではこれから、『単語を覚える』『読む・聞く練習をする』『書く・話す練習をする』のそれぞれについて、学習のコツをいくつか取り上げて説明していきましょう。」
単語を覚えるコツ
「英単語を覚えようとするときに、よくある方法は、単語帳をつくって暗記することですよね。でも、一つ一つの単語とその意味を延々暗記しようとするよりも、効率を上げる方法がたくさんあるのです。」
「まず一つ目は、イメージや絵を使うことです。例えば歴史の勉強するとき、文字だけじゃなく写真や肖像画といっしょに学んだ人名って、ずっと記憶に残りますよね。 これは、人間の脳が、その情報処理の大半を視覚に頼っていて、記憶においても『画像優位性効果』があるからです。だから、英単語を覚える時も、文字だけではなく視覚情報も利用したほうが記憶の効率は上がるのです」
「次は、組織化することです。人間の脳は、関係ないことがらをバラバラに覚えるよりも、お互いに関連していることがらを覚える方が得意なのです。例えばこのAとBの絵ですが、この絵に出てくる要素を記憶しようとすると、AよりもBのほうがずっと覚えやすいことがわかっています。Aの絵では要素が何の関連もなくバラバラに出てきていますが、Bの絵では全てを関連付ける一つのストーリーがあります。このように、組織化された情報は記憶がより容易になるんですね。単語学習も同じで、意味やテーマ、品詞や語源ごとにまとめたり、一つのストーリーの中に出てくる単語をストーリーごと覚えたりすることで、記憶の効率が向上します。」
「三つ目は、繰り返すことです。ある情報に繰り返し出会うと、脳はその情報を重要と判断します。だから単語学習には復習が不可欠です。ただし、復習のタイミングには注意しましょう。大半を忘れてしまってから復習するのでは非効率的ですし、覚えてすぐに復習をくり返しても効果は薄いのです。だから、単語を復習するときに、自分が何個覚えていたかを確認し、ベストな復習タイミングを見つけましょう。」
「最後は、深い処理をすることです。例えば、同じ単語をノートに繰り返し書くよりも、例文の中でその単語を使ってみることで、脳はより『深い』処理をします。そして、深い処理を行った方がより記憶に残りやすいことが、様々な実験で明らかになっています。だから、例文を使ったり、視覚だけではなく複数の感覚を使ったり、自分の身近なものに関連付けるなどの工夫をすることが効果的です。」
—ただ丸暗記しようとするのではなく、色々工夫することが大切なんですね!
- ・イメージや絵を使う。
- ・組織化する。
- ・繰り返す。
- ・深い処理をする。
「聞く・読む」のコツ
「まず最初に気をつけるのは、余計な負荷を取り除くことです。英語の文章を音読しようとすると、内容が全然頭に入ってこないことってありませんか?これは、音読という情報処理に、脳の作業記憶(ワーキングメモリ)の容量の大半が使われてしまって、文を理解・記憶するということをする余裕がなくなってしまっているからなんです。つまり、ワーキングメモリに負荷がかかりすぎると、せっかくインプットしたことも全然覚えていない、ということになってしまうんですね。」
- ・余計な負荷を生む弱点を補強する。
- ・自分の英語力レベルを見極めて、それに適した教材を選ぶ。
「話す・書く」のコツ
—得意じゃないです。読んだり聞いたりしたらわかるような単純なことでも、自分からはスムーズに出てこなくて悩んでいます。
「どうしてアウトプットは難しいのか。それは、自分の知識を意識しないでも使えるレベルまで持ちあげなければいけないからです。自転車に乗っている時って、どこをどう操作すればいいのか、いちいち考えないでも体が動きますよね?この場合、自転車の操作に関する知識が『手続き的知識』になっている、と言います。英語の場合も、学習した単語や文法などの知識が、意識しないでも使える手続き的知識に移行することによって流暢に話したり書いたりできるようになるのです。」
—「体に覚えさせる」ということでしょうか。
「そうですね。そしてそのためには、繰り返し練習することに尽きます。これには、色んな方法があります。例えば電車の中やお風呂の中で、一日の計画や出来事を心の中で英語にしてみましょう。日記を書くのもよい方法です。しかしいずれの方法にせよ、ともかく継続的に、繰り返し英語でアウトプットするトレーニングを続けることが不可欠なのです。」
—自分の英語力から目をそらさず、「やりっ放し」で終わらせないことが大切なんですね。
- ・繰り返し練習する。
- ・自分のアウトプットを評価する。
学習意欲を高め、持続させるためには
「だから、学ぶためのパワーを確保することが重要になってくるわけです。どんなに効果的な学習法であっても、やらなければ何もなりませんから。」
—英語の学習意欲って、どうやったら高めることができるのでしょうか?
「まずは、『何のために学ぶのか』『どこを目指すのか』を明確にすることです。冒頭で、英語学習には時間と労力が必要だという話をしましたが、自分がどうして英語に時間と労力を投資するのかを明らかにすることが重要なのです。自分が将来、英語を使ってどんなことをしているのか、なるべく具体的なイメージを描きましょう。」
「また、英語圏の人・文化・社会に触れることも大切です。英語圏の人々への興味の度合いが大きければ大きいほど、英語を学ぼうとする意欲は増していきます。だから、興味を持つ第一歩として、まずは英語圏の人・文化・社会に触れることが大切です。洋画を吹き替えではなく字幕で見るのもよいですし、英語圏からの留学生と友達になるのもよいでしょう。」
「そして、自律感・有能感・他者との良好な関係性を大切にすることが挙げられます。『人にやらされているのではなく、自分でやっている』と信じていること、『自分はこれを上手にやることができる』と思えること、そして周りの友人や先生と共に学べる関係を築くことで、『自分から進んで学ぼう』という自発的意欲が育つことになります。」
「最後に、基本的欲求を充足させることについても触れておきます。有名な『マズローの欲求階層モデル』によれば、自己実現の欲求というのは、人間の欲求の中でも最も高い階層にあります。そして、英語を学ぼうとすることは、理想的な自分になろうとする、つまり自己実現の欲求を満たそうとしていることに他なりません。ですから、それより低い階層の欲求が満たされていないと、英語を学習する意欲は湧いてきません。例えば、自分の安全が脅かされている状態では、英語学習のやる気なんて出てこないということですね。だから、体調を整えたり、人間関係の問題を修復したりして、自己実現以前の基本的な欲求を満たしてやることが大切なのです。」
—やる気を高めるきっかけは、身の回りにたくさんあるんですね。
- ・『何のために』『どこを目指す』を明確にする。
- ・英語圏の人・文化・社会に触れる。
- ・自律感・有能感・他者との良好な関係性を大切にする。
- ・基本的欲求を充足させる。
英語を学ぶ津田塾生へ
—では最後に、英語を学ぶ津田塾生に向けてメッセージをいただけますか。
「まずは、実際に英語圏に足を運んでみよう、ということですね。外国に行くことには、英語学習に関して様々な利点があります。英語を使うわけですから、単純にインプット・アウトプットの機会が増えますし、自分の英語力でできること、できないことが非常にはっきりと見えてきます。さらに、現地の人や文化への興味も深まります。ですから短期間でもいいので、是非そういう機会をつくってください。」
「もう一つは、津田塾のリソースをフル活用することです。副専攻や選択科目をはじめ、発音クリニックやライティングセンター、また英語のDVDを取り揃えたAVライブラリーなど、津田塾生の周りには英語を伸ばすために役に立つ資源があちこちにあります。津田塾なら英語圏出身の先生、英語が得意な友達と接する機会もあります。高いお金を払ったり特別なことをしたりする必要はありません。まずは、身の周りにあるものを活用しましょう。」
「そして、大切なのは伝える中身を充実させることです。いくら英語ができても、伝える中身が乏しくては英語が生きません。僕は、リベラルアーツの津田塾だからこそ可能な幅広い分野にわたった学びがあるんじゃないかと思っています。ですので、英語ももちろん大事ですが、同時に豊かな教養を身につけることも心がけてみてください。」