人生と学び

人生と学び #18 -日常の中にある将来の種 渡邊あや先生

津田塾大学卒業生の渡邊先生は、比較国際教育学、高等教育論がご専門。
現在は教職課程の科目も担当されている、穏やかな雰囲気と丁寧な語り口が印象的な先生です。

「人生と学び」第18回では、渡邊先生に「大学時代」「身近なところにある将来の種」についてお話を伺いました。

先生の学生時代


—先生は教育学がご専門で、現在は国際関係学科のご所属ですが、英文学科(現:英語英文学科)ご出身なのですね。

小さい頃から先生になりたいというのが夢でした。愛媛県で生まれ育ったのですが、地元を離れて外の世界に出ることを怖がっていました。だけど、海外への憧れはものすごく強かったんです。今みたいにインターネットですぐに情報を得られる時代でもないし、海外渡航も簡単にできるわけではなかったので。
高校時代に父の仕事の都合で1年間アメリカに滞在しました。そこでいろいろな関心を得たんです。そのような経験もあって、田舎の子どもたちに、自分の暮らしている世界がより広い世界に繋がっていることを教えてあげたい。すごい上から目線だけど(笑)。それで英語の先生かな、って。英語だったら津田塾がいい大学というイメージがあったんですよね。アメリカの教育への関心というのも頭にあったので、英文学科を選びました。
 
—実際に入学してみて、どうでしたか。

入学当初は後悔しました。得意、とまではいかなくても、英語はそこそこできると思っていたので……。でも打ちのめされたんですよね。みんなが「英語の天才」に見えて。
正直に告白すると、英語の勉強は在学中には苦行でしかなかった(笑)。ピアノでいうバイエルやハノンの練習曲をずっとやらされている気分だったんです。ただ、その価値は卒業してからわかったんですけどね。 

当時優秀だと思っていた人も、みんな苦労していたことは後から知りました。そんなことに気がつく余裕もなかったんです。

私と同じように英語に打ちのめされた周りの学生たちは、自分なりのサバイバル術を身につけていました。ストレートに英語を頑張る人もいたし、例えば第2外国語など違う世界で自分の道を見つけていく人。あるいは大学の外の世界で、サークルや資格を取るといったことを頑張る人もいた。そんな中、私は教職課程の科目に救われて。 もちろん、英文学科の科目も楽しんで受講していましたよ。アメリカの社会や文化を中心に学びました。そのうち、英語圏以外の地域のことも知ってみたいという気持ちが出てきて、国際関係学科の科目を受講していました。自分なりの楽しみを見つけていったんです。
 
—大学卒業後は大学院に進学されました。入学当初は英語教師になることを目指されていましたが、なぜ進学して教育を学ぶ道を選んだのでしょうか。
 
実は教採(教員採用試験)も受けていたんです。大学院進学と教採と両方準備していましたが、結局大学院進学を選んだんですよね。進学への憧れも大学に入った当初から漠然とあって。アメリカについて学際的に学んでいるうちに、ディシプリン(学問分野)としての教育学に関心をもつようになったんです。学内で開講されている教育学系の科目を履修する中で、特に比較教育学が面白くなり、卒論も関係することを書いていました。これをもう少し掘り下げたいと思いました。
 
学校の先生はあとからでもなれるかもしれない、でも、いったん先生になったら、自分の性格としては辞められないだろうなあ……というのもあった。だから順序として、まずは学んでみて、何をするかはまたそこから考えてみようと思ったんです。

自分の専門を見つけるまで


 —先生は「教育先進国」というイメージのあるフィンランドの教育がご専門です。どうしてフィンランドを研究しようと思われたのですか?

当時は「教育先進国」というイメージはまったくなかったです。私が研究をはじめたときに、日本には純粋なフィンランドの教育研究者はいなかったんですよ。そもそも大学院に進学したときには、アメリカの教育について研究するつもりでいました。だけど、その後、研究地域を変更することになったんです。

あるとき、大学院のゼミで比較教育学分野の面白い論文の抄訳を本にまとめようということになったんです。海外のジャーナルの目次をみんなで見て、面白そうなものを選ぶ。たくさんの目次を見ていく中で、北欧の大学生についての論文があったんです。北欧の大学生というのは、大学生活を長く過ごす。ただのモラトリアム的なものではなく、大学生活の中でいろいろな経験をする。みたいな内容だった。あ、これ面白い、とひらめきました。

そして、ふと振り返った時に、大学時代に「北欧研究」と「ユーラシア研究」(いずれも国際関係学科の科目)という授業を履修していたことを思い出したんです。「北欧研究」の村井誠人先生(当時津田塾大学非常勤講師)はデンマークがご専門。「ユーラシア研究」の百瀬宏先生(津田塾大学名誉教授)はフィンランドの専門家。旧ソ連の国々の話が中心だったけど、北欧の国々は面白いっていう話をされていたんです。 それを思い出して。ではフィンランドの大学生は、長い大学生活の中でどのように就職のことを考えているのか、ということに関心をもったのがスタートでした。
 
フィンランドの教育を研究することについて、どう意義づけをするか、ということには悩みながらも、しばらく半ば趣味のように、楽しく研究を進めていました。そんな中、フィンランド留学中にちょうど最初のPISAが発表になって。それまでほとんど注目されてこなかったフィンランドの教育に対して、関心をもつ人が増えました。その後、だんだん社会も注目するようになっていきました。
*3年ごとに行われるOECD生徒の学習到達度調査。2001年発表のPISA2000でフィンランドは各項目で上位、うち3項目で首位になった。
 
—ご専門を決めるきっかけは、意外と身近なところにあったのですね。

今思うと、人生の根幹をなす部分は全部大学時代にもらったものです。その時に面白いと思ったこととか、関心をもったことが今の仕事になっているし、当時出会った人が今でも重要なメンターだったりする。大学生活は、自分の人生において、ものすごい意味があった。そういう時期だったんじゃないかなと思います。日常の中にこそ将来の種はあると思うんですよね。もちろん、大きなイベントなどがきっかけになって、根幹が変わるっていう人もいるかもしれないけど。それよりも日々の暮らしの方が影響力は大きいような気はします。

津田塾生へのメッセージ


 —今の津田塾生はどのような印象ですか。

「一人でキャンパスを歩ける大学」というのは昔から思っていて。一人で学食で食べていても誰も何とも思わない。今風に言う”同調圧力”みたいなものはあまり感じない。今も昔もこれは変わらないかな。

大学生は、大学で勉強するのが本来当たり前であるはずですが、どうも世の中はそうだと思っていない人が多いようです(笑)。
そんな中で、津田塾の学生は大学での勉強をしっかり頑張りますよね。学内での生活を軸としている人も、大学の外の世界に自分の居場所を見出す人も、大学で勉強することをある意味前提として考えていて、それ以外で得た学びをまた大学での学びに還元している。津田塾生はそういう部分をもっとポジティブに捉えてよいと思います。


—確かに、「津田塾生はマジメ」というのも、どこか自虐的に語られがちな気します。

 
でも、真面目さにもいろいろあって。私は津田の学生を見ていて、「真面目さの多様性」を知ったところがあるんです。
「コツコツちゃんと勉強する、着実に積み重ねていく」っていうのが真面目のイメージみたいに捉えられていて、実際そういう学生は多い。
一方で、もっと違う真面目さをもっている学生もいる。例えば、一つひとつのことを真正面で捉えていく真面目さ。ある種の不器用さでもあるんだけど。また、自分なりのポリシーに対して誠実であるとか。いろいろな真面目さを見せてもらっていると思います。
 
—そういう性質が、先ほど仰っていた「一人で過ごせるキャンパス」というのに繋がるのでしょうかね。
 
必要以上に他人に干渉しないというか、「こうあるべき」みたいなことを他人に求めすぎないのかもしれないですね。あとはみんな優しいよね。
 
—最後に、学生に何かメッセージを頂けますか。
 
大学というのは、自分を作ってくれるような種がたくさん落ちているところだと思うんですよね。意識して拾っている人もいるし、私みたいに後から「あ、なんか拾ってた」みたいに思う人もいる。いろいろなところに関心をもって、それを広げる。即効性とか最短距離、それを求めることも合理的でいいと思うんだけれど。そうじゃないところに、もしかすると人生を決めるものが落ちているかもしれないですよ。


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