人生と学び
人生と学び #22 - 好奇心を道しるべに、英語ライティングのハードルを下げる
先生にとっての「人生と学び」
— 先生はこれまでどのような研究やお仕事をされてきたのですか。
津田塾大学の大学院を修了してから企業の研究員として10年以上働きました。仕事内容としては自動翻訳ソフトの研究開発だったのですが、主に言語データの作成や整備、そして自動翻訳結果の品質を評価していましたね。現在の自動翻訳ソフトとは全く翻訳の方式が違っていて、私たちがそこで開発していたやり方でどれぐらいの品質の訳文が出せるか、というところを日々頑張っていたんです。だけど、どうしても満足のいくレベルの訳文を出すことができなくて最終的には商品化を断念しました。これが大きな挫折です。
— その挫折が先生の研究テーマである、「英語を外国語として学習している大学生の英語で書く力を高めるにはどうすればよいかを探る」に至ったきっかけでもあるのでしょうか。
そうですね。そのときに私が思ったことは、「やっぱり人間の翻訳者がやることってすごいなあ」ということなんです。それをうまくコンピューターの一つの仕組みとして載せられないハードルの高さ、大変さを考えた時に、自動翻訳を目指すのではなく、外国語で文章を作成することを支援するツールを開発したいと思うようになったんです。「外国語で書くこと」のハードルを下げてくれる支援ツールがあれば嬉しいですよね。そこから私の企業での研究テーマは、「日本人のための英文作成支援環境に関する研究」ということになりました。
もう一つは、コンピューターの性能が飛躍的に向上したこと、電子化された言語データを大量に収集できるようになったことも私の研究を後押ししてくれました。頻繁に使われる単語は何だとか、どういった文法構造が好まれるのか、そういったことをコンピューターの助けを得て分析するんです。私は主に大学生に焦点を当てているんですが、英語のネイティブスピーカーと日本人の書く英文の言語的な特徴から類似点と相違点を明らかにすることができるようになりました。
そこから掴むことのできる傾向を用いて「英語らしい表現って何なんだろう」ということが少しずつわかってきます。以前からずっと、ライティングは大変だ、何とかしたい、っていう気持ちはあったんですけどね。今はこの分析で得た発見を英文ライティングの指導に活かせると思っています。
— 大学時代で何か印象に残っている出来事はありますか?
言語に関係なく「書くこと」に関わる思い出が浮かんできます。英文ライティングの授業で、津田塾大学独自のクリーム色をしたペーパー*に英文を書いて、それが添削されて戻ってきて、またそれを提出して、というプロセスが忘れられません。
あとは日本語の作文の授業も強く印象に残っていますね。授業の中でよく書けているものが紹介されたりするんですが、一回だけ私の日本語の作文が紹介されたんです。それが褒められたようなそうじゃないような感じで(笑)。
先生から「よく書けてはいると思うけれど、オーソドックスでつまらない」と言われました。書き方の基本はわかっているけれど、文章としての面白みや魅力が感じられないという意味だと解釈しています。今は英文ライティングの授業を担当していますが、パラグラフやエッセイの基本的な構造を指導するたびに、「この基本的な型を学んだあとに、ライティングの真の難しさと醍醐味が待っているのよ」と心の中で唱えています。
plum gardenでの特集記事「津田塾探訪 #10 - 英作文ペーパーの歴史」
— 大学、企業でのご経験が研究テーマに繋がっているんですね。先生は今年から津田塾大学に着任されましたが、なぜ母校に教員として応募されたのでしょうか?
理由としては二つあります。まず一つ目は、母校というのは誰にとっても特別な存在であるということです。その特別な存在である母校の教員になって、自分の後輩たちと一緒に学ぶ機会を得るという大きな夢を叶えたかったですね。二つ目は、新しい学部の歴史づくりに関わりたい、ということです。母校で、しかも新しい学部の教員になれる確率は相当少ないと思います。やっぱり、その少ない可能性に挑戦してみようと思いました。自分の経験を総合政策学部の歴史づくりに少しでも役立てたいという気持ちがあります。
— 第1タームと第2タームをオンラインで終えての感想をお願いします。
まず一つ目は、学年を問わず最後までほぼ全員出席だったんです。どの学年も期末試験まで問題なく終えることができて安堵しました。私も最初はオンライン授業に対してものすごく不安が大きかったんですよ。Zoomを使ったこともなかったのに、それを使いながら授業の進行もしなきゃいけないし、加えて質問が来ることもあるじゃないですか。複数のことに同時に気を使わなきゃいけないという点を心配していたのですが、少しずつ慣れたように思います。
二つ目はですね、学生さんも教職員もみんな褒めてあげたいという気持ちがあります。やはり対面授業のようなコミュニケーションを取るのは難しいですよね。みんなわかってるかな、どうかな、っていうのは対面授業だと顔色とか態度でなんとなく分かるんですが、それができなかったもどかしさというのはどうしても感じていました。ただ、ブレイクアウトルーム**機能を使うと学生さんも自分のグループだけに集中できますよね。ルーム内は他の人たちから見えないっていうのは大きかったのではないでしょうか。おそらく、全員がいる時よりそこでの質問のしやすさはあったのではと感じています。このようにZoomの機能を使いながらうまくコミュニケーションを取っていたのではないかと思います。
**ブレイクアウトルーム:Web会議アプリケーション、「Zoom」上でミーティングの参加者をさらに小規模のグループに分ける機能。
— 確かに他の先生方も、オンライン授業には今後も取り入れたい要素があるとおっしゃっていました。
教員側の感想としては準備が大変だったんですけれど、よく言われてるのが出席率の良さです(笑)。私の知り合いの先生の中には、学生さんが授業を終わったあともZoomに残ってすごくよく質問をしてくれると言っていた方もいましたね。オンライン授業での反省点は、対面形式の授業に戻った時にも改善につなげることができるのではないかと考えています。これまでの指導法を振り返る機会でもありましたし、今後どうするともっとよくなるかなっていうきっかけを得ることができたと思います。
— 現在までのお話を伺ってきましたが、今後何か挑戦したいことがあれば教えてください。
英語の授業運営に関しては、もう少し学生さんたちの時間を増やそうかなと思っています。第1タームは自分もいっぱいいっぱいだった部分もあるので、例えばリーディングに関しても、もう少し深く内容に入り込みたいと夏休みの間はよく考えていました。あとは授業外で、学生を巻き込んだプロジェクトに挑戦するという夢もあります。
研究に関しては、英文ライティングという個別のスキルとしてではなく、リーディングとライティング、あるいはリスニングとライティングをつなげた統合型のライティングを対象として研究したいと考えています。社会に出ると、「書く力」が重要になってきます。みなさんが読んだこと、聴いたこと、あるいは調べたことを書く、といったことが日常茶飯事になります。だからこそ、統合型のライティングに目を向ける必要があると感じています。
最後に
— 津田塾大学の学生へメッセージをお願いします。
大学時代の学び・経験・人との出会いは一生の宝です。普段の授業でふっと湧いた疑問を大切にし、こだわってほしいです。
学びに関しては私自身、「今先生がおっしゃったこと、面白そう!」と思ったことが専攻の選択や論文のテーマに直結しました。
あとは、目の前の疑問を「ずうっと」考え続けてほしいです。なぜかというと、「ずうっと」考え続けている人ほどよいアイデアが降りてくるんですよ。これは企業にいたときに先輩から言われた言葉でもあります。
それから、予想もしなかった経験や仕事を与えられた時、できないとか向いていないとか考えずに、とにかく挑戦してみることです。これは企業での経験ですが、とにかくやってみると「あ、自分ってこういうこともできるんだ」という発見があったり、視野が広がったりします。
最後に人との出会いについてですが、国や年代を超えて出会う人たちの個性と多様性を楽しんでほしいと思っています。私とみなさんの間では年齢差が大きいですが、みなさんと接することを楽しんでいます。考え方の違いも面白いですが、吸収させてもらいたい部分も沢山あるんですよ。みなさんも出会った一人ひとりの個性や多様性を楽しんでください。