つだラボ
plum garden編集部員のオススメ本紹介&オリジナルPOP作り 前編
オススメ本紹介&オリジナルPOP作り 前編
ある日私たちが新しい記事のリリースに向けて案を出し合っていたところ、読書好きの部員が多いことが判明。「オススメの本について語り合ったら面白そう!」そんな声がきっかけでこの企画は始まりました。今回はそんな読書好きの部員から4名が代表し、自身がオススメする本のPOPを作成してその魅力について対談しました。
中村樹さん (学芸学部 数学科 3年)
小川洋子『薬指の標本』新潮社、1998年。
村上希実さん (学芸学部 国際関係学科 2年)
森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』KADOKAWA、2020年。
ちはるさん (学芸学部 英語英文学科 2年)
桜庭一樹『赤×ピンク』角川文庫、2008年。
滝澤真花(筆者) (学芸学部 国際関係学科 1年)
ヨシタケシンスケ『思わず考えちゃう』新潮社、2019年。
初めてのPOP作り
書店や図書館に行くと、陳列された本の横に、キャッチコピーやあらすじが書かれた紙が置かれているのをよく目にします。本の魅力を視覚的にわかりやすく伝え、より興味をもってもらうために作られる宣伝広告がPOPです。自分のオススメしたい本を紹介するために、まずはPOPを作ることになりました。
対談のメンバーである4人全員が、POPを作るのは初めて。「どうしたらこの本の魅力が伝わるかな…」と試行錯誤しながら作業を進めていきました。
今回は3人が対面、1人がオンラインで対談を実施しました。
4人それぞれのPOPが完成しました。続いて、このPOPをもとに自分のオススメの本について対談を行っていきます。その様子をご覧ください。
紹介する本とその本との思い出について教えてください
ちはる『赤×ピンク』:私が選んだ本は桜庭一樹さんの『赤×ピンク』です。私はもともとあまり本を読むタイプではなく、家では動画やアニメを見て過ごすタイプだったんですよね。だから本とは縁のない生活を送っていたのですが、小学生のとき仲良くしていた読書好きの友達に「ぜひ読んでほしい」とこの本を紹介され、実際に書店で手に取ってみました。この本を読んでみて、本ってこんなに面白かったんだという気づきが得られ、また特別親しくしていた友達が紹介してくれたということもあって思い出深い1冊です。
滝澤『思わず考えちゃう』:ヨシタケシンスケさんの『思わず考えちゃう』というエッセーです。以前からヨシタケさんの絵本が好きでよく読んでいたのですが、そのときからヨシタケさんの絵本は表現やアイディアがすごいなと思っていました。普通の人だと思いつかないような視点からものを見て、斬新で面白いアイディアを絵本に落とし込んでいらっしゃるんです。この本はそんなヨシタケさんが今まで溜めてきたスケッチとその解説がまとめられているエッセーで、その頭の中が垣間見える気がして、お気に入りです。
村上『四畳半タイムマシンブルース』:森見登美彦さんが書いた『四畳半タイムマシンブルース』という本です。(「このタイトル聞いたことある!」という声を受けて)今映画化されています*1。映画『夜は短し歩けよ乙女』が私と森見さんとの出会いです。「この作家さん面白そうだな」と思ったのがきっかけで森見さんの小説を読み始めました。今となっては大好きな森見作品の新作がこの本なので、ぜひ紹介させてください。映画『夜は短し歩けよ乙女』の作画担当の中村佑介さんがこの本の表紙も担当されています。映画を観た当時、中学生だった私の感情が思い起こされたのもあり、手に取りました。
*1 取材は2022年11月に行いました。
中村『薬指の標本』:小川洋子さんの『薬指の標本』という本です。この本には表題にある『薬指の標本』と『六角形の小部屋』の2つの中編が収録されています。私はもともと小川洋子さんがすごく好きで。『博士の愛した数式』という小川洋子さんの小説があるじゃないですか。(一同頷く)私は数学が好きなのでその本ももちろん読んだことがあって、それをきっかけに小川さんの作品が好きになりました。この『薬指の標本』は、自分の持っていない小川洋子さんの作品を買い漁りに行こうと思い、古本屋さんや書店を渡り歩いていたときに出合った作品です。しばらくは積読状態で読めていなかったのですが、2022年の1月に、この本の存在をふと思い出して読み始めました。確か……課題が終わったものの、頭が冴えてなかなか寝付けない夜のことだったと思います。この本との具体的な思い出やこの本を読んで大きく変わったことは特にありません。ただ、読んだときに私の中に残った感情は自分にとってはとても新鮮なものだったのを覚えています。具体的にどんな感情だったかは後ほど語らせてください。
ちはる:皆さん、作者の別の作品にも触れているという共通点があるんですね。同じ作者の他の作品と比較しながらお話ししてくださったおかげでなぜこの本がオススメなのか、ということがわかりました!
どうしてその本がオススメなのですか?また、特にどのような人にとってオススメですか?
ちはる『赤×ピンク』:メインの登場人物が全員女の子なので、女性の方が登場人物の心情に共感しやすいかもしれません。この物語には女の子同士の共依存っぽい関係が出てきます。特に女性は共依存関係に陥りやすいと言われているので、自分たちの経験から感覚的に理解できる人も多いのではないでしょうか。「置かれている状況は全然違うけれど、なんかわかる〜」という気持ちを、女性に限らずたくさんの方に体感していただければと思います。
滝澤『思わず考えちゃう』:この本には主に日常的なことが多く書かれているのですが、その中からひとつ取り上げてお話しします。スーパーで売られている3個入りのヨーグルトやプリンがありますよね。その3個のうち2個目までを食べたあと、下に敷かれている厚紙の台座をどうするのかという話題です。台座の上に1個だけを残したまま冷蔵庫に戻す人もいれば、1個だけになった時点で台座を捨ててしまう人もいる。そういう、自分の知らない世界や考え方がすぐ隣にあったという内容が特に印象的でした。スイーツの台座ひとつとっても人によって違う行動を取り得るって面白くないですか?それぞれの話題が短くて読むのに時間がかからないので、寝る前に少しずつ読み進めることができ、時間がなかなか取れない方にもおすすめかなと思います。その度に新しい発見をして明るく前向きな気持ちで眠ることができます。
中村:ちなみに滝澤さんは台座は捨てる派ですか?
一同:気になる!(笑)
滝澤:私は残り1個になったら捨てています。
ちはる:一緒かも!
村上:私も1個になったら捨てます。
中村:私は買ったらすぐに3個取り出して冷蔵庫に並べて、台座はすぐ捨てちゃいます。
一同:その考えはなかったな〜!(笑)
村上『四畳半タイムマシンブルース』:こちらの作品では、日常生活の他愛ないことをいかにも大ごとであるかのように扱っているところがすごく面白いなと思います。作品の冒頭で、登場人物がクーラーのリモコンにコーラをこぼして壊してしまうんですね。その解決策として壊れていないリモコンをゲットするためにタイムマシンを使って昨日に戻って……という突拍子もないところから物語が始まるんですけど。
(一同笑いが起こる)
村上:コーラをこぼすという話の題材が身近だから共感でき、気負わずに読めるというのがオススメしたいポイントの1つ目です。2つ目は、過去と現在を行き来するタイムリープものなんですけど、最後はスッとまとまって物語が終わるところです。タイムリープものの個人的なイメージとしては、結局いつ何が起こっていたのかを明言せずに終わらせる作品が多い印象だったので、読もうにもなかなか手が出せませんでした。しかしこの作品は時間が行き来するにも関わらず、「こういう段階を経て今に至っているんだ」という時間の流れが分かりやすい作品で、混乱しにくいところが読みやすく良いなと思いました。
中村『薬指の標本』:今回特に紹介したいのが2編目の『六角形の小部屋』というお話です。私はこれまで小説を読むとき、「ワクワク、ドキドキ、ハラハラ」といった自分の感情をもってお話を楽しんでいたんですね。でもこの本は少し違っていて。始めは淡々と読んでいるけれど、中盤に差し掛かって少しずつページを捲るペースが速くなっていくんです。お話の結末が気になって仕方がなくて、「もっと、もっと……!」と次のページに縋るように読んでしまいます。そして読み終わったとき、本を閉じて呆然としている自分に気がつきました。こんな体験は初めてだったので、「ぜひ皆さんにもこの体験をしてほしい!」と思ってこのお話をご紹介しました。自分でもこの感覚を上手く言語化できていないので「この作品は是非こんな人に読んでいただきたい」という明確な答えは出せていません。もともと、小川洋子さんは温かさを感じる柔らかい文章を書かれる方だなと思っていたんですよね。でもこの作品は、他の作品とは違う少し神妙な感覚がありました。小川さんの作品が好きな方はもちろん、何とも言えない不思議な体験をしたい方にも読んでいただければと思います。今まで自分が小説を楽しむ時は、そのストーリーと一緒に歩みを進めていくイメージがあったんですけど、この本は掴みどころがなくて、だからといって飽きる訳でもなくて。「掴みどころがないからこそ、何かを掴みたくて夢中になって追いかけていく」という表現が適切かもしれません。読み終わって、本を閉じて、息を整える。私が読んでいるこのお話の世界が、現実世界に投影可能なものなのかすら分からない。慎ましやかで落ち着いた世界観の中に、確かに六角形の小部屋は存在していた。……でも、もしかしたらそれは登場人物や読者である私の思い込みかもしれない。そもそも六角形の小部屋は、本当にそこに存在していたのか?っていう……。
一同:気になる〜!
中村:ですよね(笑)。そういう神妙な感覚が残るお話になっています。
本のあらすじを教えてください
ちはる『赤×ピンク』:この物語には、非合法の女子格闘技場で働く3人の女の子が登場します。3人それぞれが他者から愛されたいという願望や、人とは違う生き辛さ・困難を抱えていて、それでも格闘技があることによってなんとか生きている、簡単に言うと格闘技を頼りにして生きている女の子たちの話です。ある日、3人の登場人物のうち1人が格闘技の選手として働くことを辞めてしまい、それによってその子に依存していたもう1人の女の子は依存先を無くしてしまう、という大きな変化が起こります。そういった変化を通して、それぞれが新しい依存先を探す代わりに自分の芯となるものを見つけ、自立・成長していくというお話です。
滝澤『思わず考えちゃう』:先ほどお話しした内容と被ってしまうのですが、作者が普段持ち歩いている手帳に描き溜めてきたそれぞれのイラストについて、作者自身が解説したエッセーです。絵本のネタに困ったときにその手帳を読み返しては、今まで描いてきたイラストを見てアイディアの着想を得ているそうです。
村上『四畳半タイムマシンブルース』:夏が舞台の小説で、主人公である男子大学生の「私」とヒロインである女子大生の明石さん、そして2人を取り巻く愉快な仲間たちが登場します。寮に住む「私」の部屋にあるクーラーのリモコンが、コーラをこぼして壊れてしまったことで使えなくなってしまいます。地獄のような暑さを回避するため、タイムマシンを使って昨日に戻って、壊れる前のリモコンを取りに行こうとするお話です。昨日のリモコンを今日に持ってきてしまって大丈夫なのかということはこの物語でも議論されています。実際、登場人物が「過去を変えると宇宙が滅びてしまう」という主張をしているんですよね。その極端な発想が面白いわけですが(笑)。なんとか過去に起こった出来事を変えないようにコッソリ持ってこようと試行錯誤するのですが、仲間の1人が堂々と過去の自分の前に姿を現そうとしてしまい……という、どちらかというとコメディーのような、エネルギッシュな作品です。それから、リモコンをめぐる話の裏で進行しているもう1つの話も見どころだと思います。「私」は明石さんに片思いをしていて、京都の送り火に誘おうと勇気を出して明石さんに声をかけますが、他の人に誘われているからと断られてしまうんですよね。2人の恋模様もドタバタ劇の裏で同時に進行するという、恋愛とタイムリープが同時に楽しめる贅沢な作品です。
中村『薬指の標本』:(村上さんの話を受けて)『六角形の小部屋』の主人公も同じく「私」です。ただ、この物語の「私」は女性ですが。「私」は通っているスポーツクラブの更衣室でミドリさんという女性に出会います。ミドリさんは、油を売るのが好きなご婦人たちとは少し違う、淡泊な雰囲気の人でした。「私」はそんな不思議な雰囲気を持つミドリさんが気になって仕方がなくて、スポーツクラブの帰り道、彼女の後をこっそりつけて行きます。いつも通る場所が、何だか異質な空間のように感じる「私」。長い暗闇を抜けた先には、『社宅管理事務所』という建物がありました。その中には、カタリコベヤと呼ばれる六角形の小部屋があります。どう「特別」なのかは本を読んでもらえれば分かると思いますが、「特別な人」は自ずとそこに辿り着いてしまうんです。今回の「私」のように。カタリコベヤには、人が1人腰掛けられるだけのベンチとランプしかなくて、名前の通り自由に語れる場所です。「自分の話を聞く人がいる」カウンセリングとは違って、ただひたすらに1人で語るだけの部屋。その小部屋の中で人は何を語り、どんな自分に出会うのでしょう。カタリコベヤは1箇所にとどまらず、街を転々と旅します。もしかしたら皆さんの側にも、カタリコベヤの番人であるミドリさんがいるかもしれません。……ということで、あらすじとさせてください(笑)。
滝澤:その「私」というのは、読者である自分に置き換えて読めるということなんですか?
中村:そうですね!自分がいつ「私」になるかも分からないし、そもそも自分がそのカタリコベヤに辿り着ける「特別な人」であるかも分からない、っていう。カタリコベヤに辿り着くまでに、「この道はいつも通っているあの道で間違いないよね……?」「さっきまで雨は降っていなかったのにここだけ降っている……」という不思議な場所を通り抜けていくので、「これは夢物語だ」と言うこともできれば、「いや、ミドリさんとカタリコベヤは確かに存在していたじゃない」と言うこともできてしまう。そういうところも含めて、神妙な印象があります。
その本の中で印象的なフレーズは何ですか?またどうしてそのフレーズが印象的なのですか?
ちはる『赤×ピンク』:「きっと皆さ、お家に帰りたいんだって思わない?どっかに帰りつきたいんだけど、でもそのお家ってどこだろう」
私は「お家」という言葉を「居場所」と解釈して読みました。「“居場所”に帰りたいけど、でも自分の“居場所”ってどこにあるんだろう」という迷いが表れているセリフなのではないかと思っています。この「お家(居場所)」の解釈は人によっておそらく異なるんですよね。素直に「仲睦まじい家庭」を思い浮かべる人もいれば、逆に恋人や友達のように「自身を大切にしてくれる環境」を思い浮かべる人もいるのではないかと思います。「お家」を「家庭とは別の環境」と解釈した場合、その環境は生まれながら決まっているものではなく、個々の生き方次第で自分に合ったものを作ることが出来る。だから後者の解釈は生きることへの原動力になるのではないかと考えています。
滝澤『思わず考えちゃう』:「あなたのおかげで私はとうとうあなたが必要なくなりました。今まで本当にありがとうございました。」
ヨシタケさんの解説をもとに説明します。今まで好きだったものや支えられていたものが誰しもあるけれど、人間は成長するにつれて好みや性格、思考も変わっていく。それによって前は好きだったり必要だったりしたものが、今はそうでもないというものになる。このフレーズは「今では要らなくなったかもしれないけど自分が成長するのに必要不可欠であった。だからその存在に対して感謝の気持ちをもつ」という意味の言葉です。それは子どもの頃に使っていたブランケットなど、誰でも自分の場合に置き換えて考えてみることができます。現状だけを見れば、必要ないものに感謝の気持ちをもつことはなかなかないけれど、これまでを振り返って、「自分の成長に寄り添ってくれてありがとう」と感謝の気持ちをもつという考えがとても素敵だなと思い、印象的でした。
村上『四畳半タイムマシンブルース』:「滅びるか、滅びないかーやってみないと分かりません」
このセリフは、主人公の「私」が「(過去をやたら変えると)宇宙が滅びると言ってるだろ!」と言って、タイムマシンを乱用しようとする仲間の行動を止めようとしたときに、リモコンにコーラをこぼした張本人が言うものです。「なんでそんなに開き直っているんだ!」という点が特に面白かったです。コーラをこぼした登場人物はもともとすごくいたずら好きで、大学の課題も、パクリのようないわゆる「裏の手口」を使って単位をもらっているような人として書かれている印象を受けます。そのセリフの開き直り具合が登場人物の特徴を際立たせていて、心に刺さりました。「やってみないと分からない」というセリフは、どのような意味を込めて言っているのか、さまざまな解釈があるのではないでしょうか。「何事も挑戦が大事だよ」という意味なのか、でもこの作品において「滅びる」というのは「宇宙が消滅するか否か」ということなので、字義通り「宇宙が消滅するのはやってみないと分からない」という意味なのか。イタズラの内容と張本人の主張における規模感の差がとても面白く、かつ深読みしてしまうフレーズなのでお気に入りです。
中村:私そういう人好きだなあ。
ちはる:えー!好き嫌いが分かれるんじゃないかな。
中村:課題を真面目にやらないところは好きじゃないけど、でもそういう子供心みたいなものをもっている面白い人はすごく好きです(笑)。
滝澤:私は、コーラをこぼした張本人ではあるけど一番前向きに物事を捉えているから、逆に頼りになるなと思って、その点では好きだなと思いますね。
ちはる:私は「勝手にしろよ、俺は知らない」みたいなぶっきらぼうな印象を受けました(笑)。宇宙が滅びたらどうせみんな居なくなるから、っていう無責任な発言のように受け取っちゃいました。
村上:この主人公は、片思いしているけど告白できなかったり、「(明石さんを)送り火に誘ったのはどこの馬骨野郎だ」って内心思っていたりするような、心ではおしゃべりだけど現実で一歩踏み出せないタイプで。勇気が出ないなってときにポンっと背中を押してくれて、多少強引にでも引っ張ってくれるような人がいたらありがたいんじゃないかなと思いました。
ちはる:確かに、その主人公と相性は合いそうですね。プラマイゼロみたいな。
一同:かなり極端(笑)。
中村『薬指の標本』:①「好きなこと嫌いなこと、心の奥に隠したもの隠しきれないもの、迷っていることうれしいこと、昔の話先の話、真実出鱈目、とにかく何でも構わない。その時自分が望むことを語るんだ」
②「僕たちはいつでも待っている。宣伝なんてしない。必要な人はおのずと僕たちのところへたどり着くんだ。語り小部屋は一日二十四時間、年中無休で開いている。いつでも、どんな人でも受け入れる。」
①は、カタリコベヤで何を話せばいいのか悩んでいる「私」に対して、ミドリさんと同じカタリコベヤの番人であるミドリさんの息子さんがかけた言葉です。「何を話してもいい」場所で、人びとは何を語るのか。もし私がカタリコベヤに入ったら、一体どんなことを語り始めるんだろう。それは、私が求めているものかもしれないし、手放したいものかもしれない……。そうして自分自身に思いを馳せるきっかけをくれた言葉でした。
②については、そもそもそういう(カタリコベヤのような)場所って、私たち人間にとって必要なんじゃないかなと思ったんです。「話したくなかったら話さなくていいし、話したいことがあったら、ここにおいで。いつでも開いてるから。」私はそういう場所が好きだなと感じました。こんなふうに、印象的なフレーズはたくさんあるのですが、それはそのフレーズのみで印象を残している訳では無いんですよね。自分を受け入れてくれる場所と「(その場所を)提供する」と言ってくれる人がいて、人びとはそこに通って思い思いに話をする。けれども、カタリコベヤは旅をするんです。だから、いつの日かそこから姿を消してしまうかもしれない。姿を消してしまったカタリコベヤに対して、あれだけ寛容に受け入れてくれていたものを突然失ってしまった人たちは、一体どんな反応をすると思いますか?私は絶望のような人間的な感情が現れて、その存在に縋ってしまうのではないかと予想しながらお話を読み進めました。そして私の予想通り、カタリコベヤで出会った人に、「私」は「その(カタリコベヤの)行方を教えてほしい」と縋り付きます。しかし、その人は「私」の唇に人差し指をあてて、「あそこの存在は心の中に留めておくものよ」といった感じで、小部屋のなかで様々なことをを吐露していた人とは思えないくらい、静かに振る舞っているのです。「心の中にカタリコベヤの存在を留めておく」っていう選択が、自分には全く想像がつかなくて。②から想像できる結末とは全く違うものが私を待っていた、という強い意外性があって初めて、このフレーズが印象に刻まれるのだと思いました。
ちはる:24時間開いてるって言っていたのに、実際はいつカタリコベヤが無くなるのか分からないってことですよね。
中村:そう!「なにそれ!そんなのまた行きたくなるに決まってるじゃない!」って思ったんです。でも、何故か人びとはカタリコベヤを心に留めておくことができている。もしそれまで依存していた物や、存在していることが当たり前だった物が無くなってしまったら、もう一度それを求めたり、がっかりしたり、何らかの感情が動くじゃないですか。でもそういう感情があまり見られずに心にそっと留めておけるのは、なんでだろうという疑問が出てくるんです。そして、「それもまたカタリコベヤの性質である」という何とも言えない結論に辿り着いてしまったんですよね。この物語の神妙さはきっと、そのカタリコベヤの不思議さによって作り出されているんだなと思いました。
POP作りから対談前半までの様子をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
後編でもまだまだ熱い対談が続きます。