先生、あの話をしてください

インクルーシブ教育支援室と考える 後編 「まなキキ」に込めた思い

「インクルーシブ教育支援室と考える」後編です。前編では、インクルーシブ教育支援室をご紹介しました。今回は、「学びの危機プロジェクト(通称:まなキキ)」を取り上げます。前回お話しいただいた、国際関係学科助教・松崎良美先生に加えて、「まなキキ」にボランティアとして参加した学生3名にお話を伺います。
 

◉学びの危機プロジェクト(「まなキキ」とは?

「まなキキ」ウェブサイト:https://learningcrisis.net

インクルーシブ教育支援室(IES
内に立ち上がった「Learning Crisis研究会」が手掛けるプロジェクト。IESに携わってきた学生・教員の有志が、新型コロナウイルス感染拡大下での学びの状況に危機感を覚え、柴田邦臣先生(国際関係学科准教授、インクルーシブ教育支援室ディレクターの呼びかけに応じて結集。
小学校高学年~中学生の障害のある子どもたち、事情があって学びにくい子どもたちが、休校期間中も学びを続けられるようにとの思いから、ウェブサイト「まなキキ」を立ち上げた。
科目は、国語、算数・数学、英語、理科、社会の5分野。教科ごとにおすすめのサイトを紹介する「おすすめリンク集」、学び方を提案する「学びのナビゲーター」。さらに、学びやすくするためのテクニックを紹介する「学びの羅針盤」などから構成される。

 
 

「学びの危機」を感じて

—「まなキキ」ができるまでの経緯を教えてください。

松崎先生:もともとは、柴田邦臣先生の声かけに共鳴して開始した活動です。その「共鳴」があった背景には、IESスタッフが「本質的な学び」を問うような観点でそれぞれ研究を進めていたことがあったからだと思っています。有志メンバーが取り組んでいることはさまざまですが、今回の事態は特に障害のある子どもたちや、事情があって学ぶことができない子どもたちにとって、深刻な事態となってあらわれるだろう、とみんな同じような危機意識をもったのではないかと思います。

また、4月のはじめ、休校措置などを受けて、オンライン上でどのような学習支援がされているのかを調査していたところ、障害のある子どもたちがアクセスし、学ぶことができるサイトはほとんど整備されていないという現実に改めて直面しました。いろいろなサイトがありましたし、それぞれ制作者の方が思いを込めて工夫していらっしゃることが伝わるものも多くありました。ですが、障害のある子どもたちや保護者の方々は、なかなかそういう情報を手に入れることまで手が回らないのではないか、とも思いました。そこで、それぞれのサイトのアクセシビリティの状況を整理したうえで、私たちが「よい」と思えた点をレビューしてみたり、自分たちで学びを提案するページを作ったりするようになりました。

—対象は障害のある子どもたち、ということでよいですか。

松崎先生:主に、障害のある子どもたちと「事情があって学びにくさを抱えている子どもたち」ですね。この「事情があって」というところには広く多くの子どもたちが含まれてくるのではないかと思っています。小学校高学年から中学生を対象にしていますが、サイトは保護者の方や現場の先生にもぜひ見てもらいたいですね。特に「おすすめリンク集」は各教科のおすすめのサイトを紹介したものなので、子どもたちと一緒に見てもらって、「こういうのはどう?」と導入するような形で活用してもらうのもよいと思っています。そこで、面白そうだな、と思った子どもたちが、自分たちでサイトを見ていけるように、できるだけ子どもたちの目線にあわせて作成したページが「学びのナビゲーター」です。

—最初は、IESスタッフのそれぞれの問題意識と、柴田先生の企画からスタートしたとお聞きしました。そこに学生が関わってくるようになったのはどういう経緯ですか。

松崎先生:学生ボランティアの皆さんには、主に「学びのナビゲーター」として活躍していただいています。「学びのナビゲーター」は、大学生という少し年上の身近な先輩として、自分たちの経験を交えて、こんな学び方がある、こういう学び方をしてきた、もっとこうできるかも、というアイディアを提案します。障害も多様、子どもたちの興味関心・得意不得意ももちろん多様ということを考えると、たくさんの選択肢があったほうがいいかなと。そこで、より多くの人に学びの提案をしてもらえたら、と学生に声をかけました。より多くの先輩の声を聴けるのは、子どもたちにとってもいいんじゃないかなと思います。

これまでインクルーシブな社会のありようについて学び、それを実際の現場にどう活かせるのかを考えてきた学生を中心に参加しています。「まなキキ」でも「インクルーシブ教育支援研修」や講演会などを聞いて学んだこと、考えたことを受けて、学びのアドバイスを書いています。



「まなキキ」に関する話し合いもすべてオンラインで行われた。

学生と作りあげるサイト


—ここからは、実際に「学びのナビゲーター」として活躍されている学生スタッフのみなさんにお話を伺います。なぜ「まなキキ」に関わろうと思いましたか。

松近さん:「まなキキ」の趣旨や経緯をお伺いしたことがきっかけです。ちょうど、友人と「急に学校にいけなくなった」とか、「家でどうやって勉強したらよいかわからない」という子どもの存在が気になるという話をしていたところでした。そこで、このサイトを作ることで、学びについて考えていきたいと思いました。

三瓶さん:点数がはっきりとつく勉強はあまり好きではなかったのですが、自分なりの楽しい学び方を考えながら今まで生活してきました。学びのナビゲーターとしてワクワクする学び方を伝えられたら素敵だなと思い、携わることにしました。


—実際に関わってどう感じていますか。

川口さん:リアルな場でも障害のある方、コミュニケーションが苦手な方も含めたインクルーシブな空間を作るのは難しいと思っていますが、サイト内でも同じような状況を感じています。また、「伝え方」を意識することの難しさが、スタッフ間でも議論になっています。ただ、誰にでも伝えられるサイトを考えることは、難しいと思う以上に楽しいです。今はオンライン上がコミュニケーションの場になっていますが、リアルな場に戻った時にも生かされるものがあると思うとわくわくします。

三瓶さん:シェアしたい学びについていざ投稿しようとすると、自分がうわべだけで理解していた項目に直面することがあります。学びの楽しさを伝えつつも、根本にある学びを成り立たせている知識をしっかり伝える段階の大切さに気付かされます。
昔の参考書を取り出して自分の知識に肉付けする作業をしていると、投稿作成が進まず1日が終わってしまうこともありました。自分にとっても学びを振り返る機会となっていてとても楽しく有意義な時間を過ごしています。

松近さん:誰を対象にするかというのを考えながら、コンテンツや文章を書いていくのが難しさでもあり、楽しさでも、面白さだとも思っています。たとえば障害のある人向けに書いたコンテンツが、他の人にも助けになるものであったり、面白いものであったりもする。そういう状況に出会う度に幸せになります。


—どんな人に読んでほしいと思いますか。

松崎先生:同世代や大人の人も楽しめる部分があるのではないかと思いますね。

松近さん:同世代の人にとっては、サイトを読んでどういう風に感じたかを話し合うきっかけにしてもらうのも面白いのではないかと思います。1番は対象として想定している人たちに届くことを期待していますが、周りの人たちも考えることで、対象の子どもが学びやすくなるのではないでしょうか。



「まなキキ」に取り組む意義


—「まなキキ」に携わっているのは、主に学芸学部の学生と教員のみなさんです。教育を専門にしていない人がほとんどですよね。大学、そして大学生がこのようなプロジェクトに取り組む意義はどのようなところにありますか。

松崎先生:義務教育を終えて、高等教育機関である大学まで学びを続けてきた人たち—いろいろな理由で進学しているとは思うのですが—ある意味、”学びにとりつかれている”人たちですよね。そういう人たちが今、「学び」について問い直す。学年や学科、関心がばらばらの人たちが学びと向き合い、それを発信することには意義があると思っています。

松近さん:私はラッキーな大学生だったと思うんです。今も、オンラインで直接指導を受けられています。こういう学びの機会を自分だけで完結させたくない…「まなキキ」で還元したいという思いがあります。

川口さん:数年前まで、私も学びづらさをもっていた小中学生でした。「学ぶ」ということに取り組むという意味では大学生も小中学生と同じですし、一緒に学ぶという立場から考えたいと思っています。学ぶ意義やどのように学びを得ていくかについては、これまでも個人的に考えてきましたが、「まなキキ」にそれらが活かせていたり、より考えを深めたりできていると思います。サイトを制作するにあたって、一つの社会問題として考えることに意義があるなと思います。


—「まなキキ」のおすすめポイントを教えてください。

三瓶さん:どれもこれもおすすめなのですが、担当している国語の記事を特におすすめします。私たちが普段使っている言葉に着目した記事がたくさんあります。言葉の大切さに気づくきっかけになると思います。

松近さん:おすすめのポイントは二つあります。まずは、紹介しているサイトがシンプルに面白いな、ということですね。もう一つは、ふりがなです。「まなキキ」には、「ふりがなボタン」というのがあって、ふりがなを付けたり消したりしながら読むことができるんです。いろんな人が読めるというのが好きです。最近、ふりがなに愛着がわいています。

川口さん:アクセシビリティ面の表記です。字幕の有り無し、音声読み上げが可能か不可能かを書いているサイトは今までなかったので、当事者からもいい評判をいただいています。「まなキキ」として、少しずつ積み重ねて作り上げていっている過程のすべてがおすすめですね。

「おすすめリンク集」の一例。読み上げや字幕の有無を示すタグや、ふりがなボタンがある。


—最後に、plum gardenを読んでいるみなさんに一言お願いします。

川口さん:学びをリアルでもオンラインでも、得られているのは幸せなことだと思います。学びの危機は他人事ではなくて、知り合いの誰かは苦悩を感じていたりするかもしれません。よかったら、自分や目の前の人、いろんな人のことを考えてみませんか。

三瓶さん:まなキキでは、「なぜ?」という気持ちを大切にしています。それぞれの教科でいろいろな疑問が取り上げられているので、「まなキキ」を訪れて、ぜひ思う存分「なぜ?」の世界へ飛び込んで行ってほしいです。そして、記事を読んで、さらに読者の方々が身の回りのいろいろなものへ「なぜ?」と思う気持ちが湧いてくると嬉しいです!


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前後編でお届けしてきた「インクルーシブ教育支援室と考える」。
後編では「まなキキ」に携わる教員・学生の思いをご紹介しました。「まなキキ」学びのナビゲーターの活動に関心のある津田塾生の方は、ぜひご連絡ください。

(イラスト/学芸学部 英語英文学科4年 藤原希さん)