先生、あの話をしてください

インクルーシブ教育支援室と考える 前編 —IESってどんなところ?—

小平キャンパス本館2階の奥にある、「インクルーシブ教育支援室」。
現在、インクルーシブ教育支援室は、新型コロナウイルス感染拡大の状況下における学びについての取り組み「学びの危機プロジェクト(通称:まなキキ)」を行っています。plum gardenではその活動について、前後編でお届けしていきます。

今回の前編では、インクルーシブ教育支援室がどのようなところなのかについてご紹介します。設立当初からインクルーシブ教育支援室に携わってきた、国際関係学科助教・松崎良美先生にお話を伺いました。

また、今回は初めて「オンライン」でインタビューを実施しました。

インクルーシブ教育支援室とは?


—まずは、インクルーシブ教育支援室(IES)の概要を教えてください。


インクルーシブ教育支援室(IES:Inclusive Education Support Division)は障害があってもなくても居心地のよい修学環境を作ることを目的に、障害学生支援をはじめ、研修・教育活動、研究活動に取り組んでいる組織です。複数名の教員と大学院生のティーチングアシスタント、そして「インクルーシブ教育支援研修」を受けた学部生のボランティアで運営されています。
IESの前身にあたる組織は、2010年に全盲の学生さんがはじめて津田塾大学に入学したときにできました。現在のIESが立ち上がったのは2015年。私はディレクターの柴田邦臣先生に声をかけていただき、最初は大学院生のティーチングアシスタントとして関わらせていただくことになりました。

—「障害学生支援室」という名前ではないのですね。


「インクルーシブ」という名前が付けられた背景には、私たちなりの見方や考え方があります。単に障害のある学生に支援を提供する「支援者」としての位置づけではありません。障害のある学生にもない学生にも居心地のよい空間を、みんなで作っていくことを考えたり、研究したり。そして、その知見をみんなで共有していくような場としても機能させたいという思いから「インクルーシブ教育支援室」という名前がつけられています。

また、単純に「みんな一緒の場所で同じ授業を受けられるようにする」という形の共有化が目的なのではなく、授業の本質的な内容にみんながきちんとアクセスできるようにすることを大事にしたいと思っています。形というよりも本質的内容をインクルーシブな状態にするということを目標にしています。


—基本的にIESが対象としているのはすべての学生であって、みんなが修学環境を考えるというイメージでしょうか。


そうですね。学ぶ場所の居心地のよさを考えることは、人のためだけではなく、自分のためにやることでもあると思っています。「支援者として対象者に何かしてあげよう」ではなく、同じ社会に暮らす一員として、私にとってもあなたにとっても暮らしやすい場所、過ごしやすい場所って何なのかを一緒に考えていく。結果的にその配慮によって、障害のある人にとってだけではなく、みんなにとってもよりよい場所になっていくと思うのですよね。




こだわりのフライヤー。「バリアフリー映画上映会」で使われている写真のステンドグラスは、小平キャンパス1号館3階のものだそう。

インクルーシブ教育支援室の活動

 
—具体的にはどのような活動をしているのでしょうか。

ひとつは障害学生支援。次に「インクルーシブ教育支援研修」という形での教育の場の提供。そして、学内外に向けたイベントの企画・開催です。

障害学生支援の例としては、テキスト化があげられるでしょうか。視覚障害のある学生さん向けに、紙で配布された情報をテキスト化する支援です。テキスト化・デジタル化することで、情報を音声や点字にしてアクセスすることができるようになります。

また、津田塾の授業は映像教材がとても多く使われるという特徴があります。その際に行われる「映像ディスクリプション」という支援は、本学オリジナルです。映像の視覚情報を口頭で補うものですが、これもなかなか考えさせられる取り組みの一つですね。
雨が降っている場面などは「雨が降っています」とつい説明したくなりますが、「ざあざあ」などの聴覚情報があるので説明するまでもないとか、そのような工夫を映画の音声ガイド制作を手掛ける専門家の「シネマ・アクセス・パートナーズ」さんにレクチャーしていただく企画もしてきました。

その他にもノートテイキングや、最新のICTの技術を活用したUDトーク(聴覚障害者とのコミュニケーションを支援するためのアプリケーション)を使った支援も模索しているところです。

「UDトーク」の活用例。話した言葉がリアルタイムで文字化され、多言語に翻訳されている。課題も多いというが、これからの支援への活用にも期待が。

「インクルーシブ教育支援研修」は、障害・難病・インクルージョンに関する理解を深め、津田塾大学内での支援活動を学ぶものです。研修は、障害に関して多角的な視点から最新の知見を学ぶとともに、実習など実践的な活動ができるような授業で構成されています。
点字を触る、手話を勉強する、障害のある状態の疑似体験「キャップハンディ」をする。実際にキャンパスを白杖をついてまわったり、車いすで移動してみることを通じて、はじめてわかることがたくさんありますよ。あわせて当事者の方にお話を聞く機会も設けられているので、バランスよくインクルージョンについて学び、考えを深めることができます。

最後が、「学内外でのイベントの開催」ですね。津田塾祭では「津田塾が切り拓くInclusiveな未来」というタイトルで2017年から3年連続でイベントを企画しています。2015年から活動し続けていた過程で、障害学生支援、障害者支援に携わるOGとの出会いがありました。そのような“ご縁”に恵まれて得られた知識や経験を、私たちの中だけで留めておくのではなく、より多くの学生、OG、地域の方々に知ってもらって、知識が広がっていくといいなという思いからイベントを開催しています。OGの方々や地域のみなさんにも支えられ、つながりを大切にしているというのが、他の大学の障害学生支援室にはないような特徴だと思います。

イベントのひとつ、津田塾祭で案内をする様子。ピンクの「津田塾Tシャツ」を着てお話している方が松崎先生。

「障害」をどう考えるか


ここまで、IESの概要と活動内容についてお話を伺ってきました。
IESがどのような場所で、何をしているかを理解したところで、「障害」について、もう少し、踏み込んだお話に進みます。


—ただ、「障害」という言葉をきくと、専門家ではない自分は、安易に関わることはできないように感じてしまいます。

そうなんですよね。意外と「障害」だって括ってしまうと身近に感じない。IESはそういう活動をやってるんですね、で終わってしまう人や、IESは慈善活動をしているのだ、と思った人もいるかもしれないです。慈善活動と捉えられてしまうと、ちょっと違うのかなと思っています。

「障害」と言われると、自分とはかけ離れたことだと感じるかもしれませんが、みんなに不得意なことや苦手なこと、ちょっとした傾向みたいなものがグラデーションのようにあって。障害について考えるというのは、そういう不得意なことや苦手なことに対して取り組むときの姿勢とか、対処のノウハウなどともそんなに離れていないことなのかなと思います。そこで得られた経験は、自分がよりよく生きていくために活用できるものですから。

IESは、これからインクルーシブな社会を具体的に考えていく中で、より実践的な知識と経験を踏まえて、みんなで実際に活動しながら学ぶ機会を提供する場所でもある、と思うんですね。


—障害とは何なのか、分からなくなってきました。

津田塾では、「障害」を「社会モデル」で考えています。社会モデルで考える障害というのは、その人に問題の原因があるのではなく、社会環境によって障壁が生じると捉える考え方です。例えば、車いすの人がある場所にアクセスできないとします。その原因は、車いすに乗っている人にあるのではありません。車いすではアクセスできないような道になっている、段差がある、という事態が問題の原因で、どうにかしなければならないことです。

詳しくは:障害のある学生・参加者のための差別解消と包括的教育の基本方針 (津田塾大学ホームページ)

何が当たり前とされる日常に身を置くのか、どんな社会にいるかによって状況は変わってきますよね。そのあたりを考えてみると、みんなが自分の環境について考えることの大切さが見えてくると感じています。


—オンライン授業になり、置かれる環境が変わったことで困難に感じることもありました。「障害」を改めて自分の事として考えてみようと思います。



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IESは、さまざまな形で障害、また修学環境について学び、考えて、実践してきました。

冒頭でお知らせしたように、現在、IES内には「Learning Crisis研究会」が立ち上がり、新型コロナウイルス感染拡大の状況下における学びについての取り組み「学びの危機プロジェクト」を行っています。「学びの危機プロジェクト」の具体的な活動と、携わる人びとの思いについては、この記事の後編でご紹介します。

「学びの危機プロジェクト」のホームページはこちら:○「学びの危機」:Counter Learning Crisis Project