人生と学び

人生と学び#20 – 点が線になる

第20回目の掲載となる「人生と学び」。今回は昨年度から心理学の授業を担当されている神長伸幸先生にお話を伺いました。 

心理学との出会い

—心理学を専攻としたきっかけはなんですか。

政治経済学部で経済学を勉強していたとき、経済学の理論における理想的な人間の行動の仕方、働き方、お金の稼ぎ方・使い方などに違和感がありすぎたんですよね。「え、そんな理想的な人間ってどこにもいないでしょ?人によって違うし、別に理想通りに人間生きるわけじゃないよね?」って思ったんです。経済学みたいな理論の話にはあまりにもそういう話が多くて嫌になってしまって、なんで嫌なのかなって考えてみたときに、僕は人によってどんな風に行動が違うのかを知りたいんだって気づいたんです。大学4年生くらいのときに、たくさん考えたり、いろいろな学問の入門書を見たりして、「心理学を学んだら人の個人差みたいなものが見えてくるかな」と思ったのがきっかけです。

心理学の魅力

—心理学の魅力を教えてください。

認知心理学などは実験をすることがたくさんあるのですが、予想と違う結果が出ることがよくあります。そこに驚きがあるというのが魅力だと思います。


—具体的にどんな実験のときに予想外の結果が出ましたか。

例えばですね、理化学研究所に在籍していたときに子どもを対象に実験をしたことがあるんです。5歳ぐらいのお子さんが言葉をどうやって理解しているのかを調べる実験をしていたのですが、これは当然できるだろうと思っていたものができていなかったり、大人と異なるやり方をしていたりしたんです。5歳ぐらいの子って結構喋るじゃないですか。だからもう大人と同じなんだろうと思っていたんです。でも実際は大人になるまでに、言葉はわかっているけどまだ大人とはちょっと違うという時期があった。ただ子どもを観察しているだけではわからなかったけど、実験で詳しく調べてみたら大人とやり方が全然違ったということがよくわかってすごく面白いな、と思いましたね。当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではなかったんです。実験してみて初めて、新しいことがどんどんわかっていくというのも心理学の魅力ですかね。

先生にとっての「人生と学び」

—先生にとって人生とはどんなものですか。

簡単にいうと「点が線になる」という経験かなと思っています。


—「点が線になる」とはどういうことでしょうか。

元々はアップルの創立者であるスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチです。彼が「今日話したい話は3つあるよ」と言った3つの中の1つがこの「点が線になる」話なんです。彼、大学を卒業してないんですね。中退しているんですよ。大学を中退すると決めて大学内をうろうろしていたときに、カリグラフィーの授業をたまたま覗いていたんですね。そのときはそれが面白そうだからということで学んでいたと思うのですが、それが後々何に活きたかというとアップルが最初のMacintoshを作ったときなんです。Macintoshのフォントがめちゃくちゃかっこよかったんですよ。それはジョブズがカリグラフィーの授業で文字の形の美しさに気がついていたからなんですね。他社製品に比べてMacintoshは本当に文字が美しくて読みやすいイメージができたんです。ジョブズはそこにこだわりをもっていた。だけどカリグラフィーをやっているときは、後でMacintoshを作るからこれを学んでおこうと思ったわけではない。どこかで獲得した知識が後々何かにつながっていくっていうのが「点が線になる」という話なんですよ。

そういうことって自分自身にもたくさん起きているなと思っています。たとえば僕は中学生の頃から英語の授業が好きだったんですね。たくさん言葉を覚えたり、英語の音声を聞いて「なんて言っているんだろう」って考えたり、授業の範囲の中で課題をこなしているだけなんですけど、それがなんとなく面白いなあと思っていたんです。後々なんの役に立つかなんて全く考えていなかったのですが、その後外国人の研究者といろいろな関わりが出てきて、たとえば、全く日本語ができないアメリカ人の研究者を2時間以上バスに乗って会場に連れてきてくださいと頼まれたことがあったんです。ずっと黙っているわけにはいかなくてとにかく喋るじゃないですか。それでもなんとか自分が言っていることは通じたなぁって感じたんです。他にも通訳のアルバイトをやっていたときや、理化学研究所に勤めて海外出張や国際学会などで海外に行って仕事で英語を使わなきゃいけない場面が出てきたときにもつながっているなと感じましたね。今、90分間全て英語で教える授業をもっていて、受けている学生の8割以上が外国人ということもあるのですが、そこにも活きているなあって思います。別の例だと、僕はいろいろな心の働きの個人差に興味をもって心理学を学び始めました。それが人材サービスの会社であるミイダス株式会社に入社して、職場で活躍するためのスキルの個人差の研究につながることになりました。他にもいろいろありますね。

だから今はそれが何の役に立つかわからなくても面白いと思ったことはなんでも学ぶようにしています。後で何かの役に立つかもしれないし、立たなかったとしても面白いからいいじゃないかっていうつもりで、今でも新しいことを学ぶことは大好きだし、挑戦することは日々意識してやっていますね。自分の子供にも学生さんに対してもそうですが、何の役に立つかはわからないけど自分で面白いと思えばとりあえずやってみればいいんじゃないかなって思います。



最後に

—津田塾大学の学生に向けて一言お願いします。

心理学の授業って日常的な行動にある心の働きを解説したり実習で考えたりするという授業なんですよね。身近なことを科学的に考えるっていうことだと思うんです。それは多分、心理学に限らずいろいろな日常的な行動だったり、例えば社会の仕組みだったり、全部に当てはまるんじゃないかなと思います。科学的に考えることができるといろいろなことがうまく説明できたり、自分の中で納得できたりすると思うんです。そういう学びや研究の種って大学の中にたくさんあると思うんですよ。そういう意識をもって「それは当たり前だよ」とか、「そんなの常識だよ」って流して扱うのではなくて、せっかくのこの時期に向き合ってみる。「そもそもこれってどういうことなんだろう」ってじっくり考えてみると、気づきがたくさんあって大学生活をより楽しめるのではないでしょうか。そういう気づきっていくらでもあると思うので、それを見つけたら当たり前のことだと流さずに、見つめ直してみるといいんじゃないかなと思いますね。



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※こちらの記事は1月に行った取材を元に作成しました。