人生と学び

人生と学び#19 –「こうしなくてはいけない、という考えから一歩外れる」

みなさんはアフリカにあるボツワナという国をご存知でしょうか。初めて聞いたという方も多いかもしれません。そこでは誰がどのような生活を営んでいるのでしょうか。 「人生と学び」第19回では、丸山先生にボツワナでのフィールドワークについてお話を伺いました。


—現在はどのような研究をされていますか

アフリカのボツワナに住む、サン人という狩猟採集民族について研究をしています。長年にわたって狩猟採集をしてきた人たちでしたが、1990年代ごろからの開発政策によって住む場所を変え、政府が学校や病院を建てるなどしていきました。このような新しいことが彼らの生活をどのように変化させたのかを研究しています。狩猟採集社会というのは少人数のグループが移動しながら生活したり、平等的な社会であったりするなどいくつかの特徴がありますが、この特徴が今までと違う生活をするようになると、どのように変わっていくのかについて調べています。具体的には生業、土地の利用、助け合いやリーダーシップの変化などですが、最近では彼らの中に観光業に従事する人が出てきたので、それが彼らの生活に及ぼす変化なども研究しています。

ボツワナでの生活

初めてボツワナに行ったのは大学院一年生の時でした。初めは言葉もわからないなか、サン人と一緒に住むことになりました。驚くほど自分は何もできずに無力感を感じました。道に迷うし、水汲みも焚き火もできず「自分はここに何をしにきたのだろう」と思いました。
言語に関しても彼らが話すガナ語とグイ語には「クリック音」という特徴的な発音があるので、それができるようになるまでは苦労しましたね。

3か月くらい一緒に住むようになってから、だんだん言葉が話せるようになっていろいろなことがわかり、「全然違う世界の人」とは思わなくなりました。単純に仲良くなったのもあるけれど、直面している問題が私たちと似ているなとか。例えば、急にいろいろなことが変わって不安だなと思うことは私たちも同じですよね。

私は狩猟採集をしていた人がスーパーマーケットでフライドチキンを買うようになることはすごい大きな変化だと思っていたけど、彼らはあまりそう思っていないんですよね。新しいことを始めるからといって昔のことはやめない。どんどん積み重なっていく感じで、昔のことも残っている。だからスーパーで買い物をしていても狩猟採集はやめません。町に行く機会があれば、喜んでスーパーに寄って買い物をし、それを楽しみにしていたりもしますが、かといって、町に引っ越して完全に狩猟採集生活から離れるということもありません。野生の植物の実りの季節になれば、集落からも離れた原野に簡単な小屋を建てて、狩猟採集だけで暮らすこともあります。大学院に行くようになった人もいるけれど、修了後も都会でオフィスワーカーになってそのまま戻ってこないというわけではなく、しばらく働いたらやめて、出身地に戻ってきて狩猟や採集をして暮らしていたり、そしてまた都会に行ったり……というように暮らしています。私は勝手に狩猟採集とスーパーはすごく違うものだと思い込んでいたけど、別にそういう風に考える必要はありませんでした。こういう風に考えるといろいろなことがどんどん変わっていっても大変と思わなくて済むし、こうしなきゃいけないという考えからもっと自由になれるのかなと思いました。こういったことがわかってくると、すごく遠くで全然違う人が全然違うことをやっているとは思わなくなりますよね。

—サン人は狩猟採集民族ですが、先生は家畜のヤギをさばいた経験があると伺いました。その時のお話を詳しく聞かせてください。

肉は貴重な食料なので私みたいな素人にはあまりやらせてくれないのですが、ヤギ1頭くらいならさばき方はわかるようになりました。肉と骨を分けたり、この繊維はこう切ればいいとか、だいたい要領はわかりますね。動物をさばくのは基本男の人がやることですけど、横で見ている時に私もやっていい?と言ってやらせてもらいました(笑)。ほかには、罠を使った比較的小規模な狩りを一緒にやらせてもらったことがあります。狩猟って本当に知識がないとできないので、頭脳戦でもあるのです。たとえば、動物がどういう行動をするのかを知ったうえで、どこに罠をかければいいのかを考えないといけないですし、足跡も読めないといけません。親が子どもを連れているときの行動も知らないといけないのです。雨が降った後は狩りにすごく適しています。足跡があれば、雨が降ったあとについたということなので、すぐ近くにいるのだとわかるからです。狩りができる人ってすごくかっこいいですよ(笑)。

前回のフィールドワークで撮った写真を一緒に見ながら、さらに詳しい話を聞かせてもらう

フィールドの魅力

フィールドの魅力はそこに住んでいる人にあります。ものの考え方や知識、経験など学ぶことが多く、本当に魅力的な人です。非常に気の利く賢い人たちで、そしていろいろな意味で自由です。「そういう風に考えればいいのか」という発見もたくさんあります。先ほども話したような、新しいものを受け入れても古いものは捨てないという私にはもっていない考え方で、開発政策に対してもしなやかに対応していました。それを見て、こちらがもっていた枠組みを変えれば、もっと自由になれる、いろいろなものの見方ができると思いました。

また、良くも悪くも他の人をコントロールできると思っていないところにも惹かれました。学校の先生が親に、学校に行かない子どもを行くように説得してほしいと頼んでいることに対して、「行くか行かないかは本人の問題で、行かないと思っている子を行かせるのは無理だよ」と彼らは笑っていました。

彼らは生き物をコントロールすることはできないと考えているから、自分たちがコントロールされることもないと思っているような気がします。例えば野生動物は、人間がここに来てほしいと思ったからって出てくるようなものじゃない。それと同じで人間にも動物にもそれぞれ意思があるから、こちらが強く言ったからといって、それに従うとは限らないと考えていています。このような考えがあるからこそ、どんな人でも受け入れる寛容な姿勢があるように思います。私のような日本から来た人でも調査したい人がいれば、やめさせようとはしません。「みんながこうしなくてはいけない」という考え方をやめれば自分も日本の社会もより自由になれるのかなと思いますね。思うように研究が進まなくて帰りたいと思うこともあるけど、やっぱり現地の人と関わるなかで新しいものの見方を知って発見があったときが面白いですよね。

昔ながらの毛皮の服に町で買った洋服を合わせて着る女性たち

—今までのフィールドワークのなかで印象に残っていることはありますか

フィールドワークはうまくいかないことのほうが多いのですが、新しい発見があったときや今までわからなかったことがわかったときのことは強く印象に残っていますね。王道の発見というのは、研究テーマとして調査していてずっとわからなかったことがわかったというものだけど、それ以外にも思いがけない発見もあります。例えば先ほど話したように、新しいものを受け入れても古いものは捨てないという考えや、学校に行かない子を行かせるのは無理だと考えていることを知り「この人ってそういう風に考えるんだ」と発見することですね。調査のトピックとして計画していたわけじゃなかったけれど、一緒に生活する上で「へぇー」って驚いたことが研究の発端になることもあります。

津田塾生へのメッセージ

「わからない」という状態でいることをあまり嫌がらないほうがよいのではないかと思います。わからないまま考え続けたり、結論をすぐに出さないほうがよいこともあると思います。みんな一生懸命勉強していて、何かわかるようになりたいし、すぐに結果も欲しいし、成長したいと思うのでしょう。でもせっかく大学生なんだし、「わからないな」と思いながら考え続けるという気持ち悪さ、居心地の悪さから逃げないのも大切なことです。そこにこそ新しい発見もあるし、これまで誰にも見えなかった景色が見えてくるのかなという気がしています。

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