先生、あの話をしてください
柴田邦臣先生と考える -まなキキとインクルーシブ学習論-
私たちが新型コロナウイルスに向き合い続けて、約2年が経ちました。「新しい生活様式」を合言葉に、さまざまな改革が行われています。教育の面でも、児童・生徒・学生の学びをとめない努力がされています。今回は長期化するコロナ禍での教育について、柴田先生から伺ったお話を、前・後編でお届けしていきます。
前編では、新型コロナウイルス感染拡大の状況下における学びについての取り組み、「学びの危機プロジェクト(通称:まなキキ)」の活動を3つ紹介します。(※この取材は、2021度に行いました。)
インクルーシブ教育支援室の記事はこちら
前編:インクルーシブ教育支援室と考える 前編 —IESってどんなところ?—
後編:インクルーシブ教育支援室と考える 後編 「まなキキ」に込めた思い
インクルーシブ学習論とは?
-インクルーシブ学習論の研究とは、どんなことをしているのですか。
困難をプラスに変えていくということを議論しています。つまり、「勉強するのに特別な努力が必要な子どもたち」が抱える多くの困難を、提供するコンテンツを工夫することによって解消していこうということです。勉強するにあたり特別な努力が必要な子の代表的な例が障害のある子たちで、彼らは目が見えなかったら音声で、耳が聞こえなかったら文字で情報を得るという努力をしているわけです。しかし現代社会では、学習においての情報や学習方法が十分にその人に届いていないという問題があります。これは障害のあるなしにかかわらず言えることですよね。今のコロナ禍では、誰が悪いわけでもない状況だからこそ不安を抱いている人が多いと思うのです。対面だった授業がオンラインになったり、本来行われるはずだった行事が中止になったりといった現状を逆手にとって、方法を選択していく活動こそがインクルーシブ学習論というものです。対面やオンラインなどの方法によって「学び」の質が左右されるのではなく、むしろ困難な中でも「学び」の質を守るために、オンラインなどの選択をすることが必要だと考えます。
インクルーシブ学習論と「漢文ちゃん?」
-まなキキの教材の1つに「漢文ちゃん?の四字熟語週報」というコンテンツがありますが、どのようなものなのでしょうか。
まなキキホームページによると、漢文ちゃん「?」と?がつく理由は、「『漢文と四字熟語、どう関連してくるの?』という謎を、漢文ちゃん自身も抱いているから」と書かれています。
漢文ちゃん?が実際に筆で文字を書くところを、書いている人に近い視点で撮影しているので、漢字の作りがよくわかるようになっているのです。これはオンラインならではの試みで、対面ではできないようなことをやっているわけで、困難をプラスに変えるというインクルーシブ学習論の考えに基づいているのです。本当は対面が一番いい学びなのかもしれない。しかし、それができない状況となった時に、渋々オンラインを選択するのではなくて、積極的に選択した結果オンラインになる方がいいですよね。私たちは、最適な方法で必要なことを学べるコンテンツの作成を目指して、今回の「漢文ちゃん?」のような教材を作っています。
漢文ちゃん?第1週「一念発起」
みんなで学ぼう!漢字ちゃん
-他にも、「みんなで学ぼう!漢字ちゃん」というコンテンツがあるそうですね。
漢字ちゃんというコンテンツも面白くて、漢字の「へん」と「つくり」を材料として組み合わせて一つの漢字料理を作るという設定の教材です。例えば「洋」という漢字は、さんずいと羊を組み合わせてできていますよね。さんずいは水という意味をもって、羊は「いっぱいに広がる」という意味をもつのです。こうやって意味をもたせながら学習することによって、記憶に残りやすくなります。この教材を見た小学生の子も、「漢字ちゃんでやっていたところだ!」となるわけです。
-長期記憶になるというわけですね!
そうです。制作側としては、国語辞典を引きながら次はどの漢字にしようか、小学生が間違えやすい漢字は何かということなどを議論しています。今の世の中はネット検索が主流になってきているじゃないですか。しかし、この時代になっても、人類の知見というものは本の中にあるのです。ネットで意味を調べて終わりというだけでは、漢字料理の真髄は分からないのです……。漢字ちゃんという教材をとおして、以上のようなことを子どもたちに教えてあげたいですね。
まなキキ “ユルくみんなで読むフーコー” Ⅱ
-大学生や社会人向けのコンテンツとして、フーコーの講読会も行われていました。講読会についても聞かせてください。
「漢文ちゃん?」や「漢字ちゃん」は、教材として使えるように製作しているのですが、これは教える側になろうとしている人を含む大人向けのコンテンツです。タイトルを見ていただいてもわかるように、結構難しく、1人では読みにくいような本をみんなで読むという試みです。ミシェル・フーコーが現代社会に与えた思想的な影響は計り知れないものがありますが、やはり1人で読んで理解するにはレベルが高すぎる。それでも読んでおくべき良書はいくつもあるわけで、良書の中から厳選して少しずつ読むということを目的として開催しています。講読会は、今回の企画で4回目、新年度5月末からの企画で5回目になります。
-5回目!人気なのですね。企画する上で工夫したことはありますか?
全てオンラインで開催しているということです。私たちは皆さんにこれをラジオ感覚で聴いて頂きたいという思いもあってオンライン企画にしました。さらに、一回完結型にすることです。そうすることで、途中から参加する人や前回分を聞きそびれてしまった人でも気兼ねなく参加できるようになっています。軽い気持ちで、選りすぐりの本から知識を吸収できるのがこの講読会のよいところなのです。まなキキが行っていることは「本質的な学びの提供」ですが、それは子どもたちだけに限定されたものではなく、学生や社会人にも活用いただける企画なのです。人生において分岐点に差しかかったときに、しっかりとした判断が自分で行えるだけの知識を、講読会で少しでも獲得していただければと思っております。
※ 新年度の講読会は5月24日(火)から開催されています。
申し込み・お問い合わせは、まなキキ公式サイト オンライン講読会 まで
前編では、長期化するコロナ禍でのまなキキの活動と、活動への思いを紹介してきました。後編では、現在の教育体制やこれからの教育に対する柴田先生の思い、さらに生徒・学生へのメッセージをお伝えしたいと思います。