先生、あの話をしてください

留学から見えてくる「個人」という「異文化」

 
気さくで笑顔が印象的な二宮哲先生。担当するスペイン語の授業は、いつも学生や先生自身の明るい笑い声で溢れています。毎回毎回授業のたびに飛び出す留学中のエピソードは、ユニークなものばかり。私たちの想像力をかきたて、海の外の世界へと連れ出してくれます。今回はそんな二宮先生に「留学」を通して経験する「異文化との出会い」についてお話を伺いました。



スペインでの留学生活


- まずはスペインでの生活について詳しくお話をお聞きしたいと考えていて……「シェアハウスをしていた」というお話を授業中にしてくださりましたが、一つ屋根の下、異文化を持った人が集まる。それってやはり大変ではなかったですか?

 「留学最初の一年半ぐらいは、スペイン人二人、フランス人、韓国人と僕の計五人でシェアハウスをしていました。五人で一つのお風呂、一つの冷蔵庫を使って……そういう意味では、いろんな国籍の人が交わりながら生活していかなければいけない。まあそりゃ、いろいろあるよね(笑)。特に困ったのは、『夜に勉強をしないでほしい』と言われたことかな。電気代がもったいないから(笑)。あとは『長い時間風呂に入るな」とか。細かい個人の違いや好みのところでいろいろ困りましたね。あと、スペイン人の二人が全然洗い物をしなかったり(笑)。シンクが食器だらけになっちゃうから、僕とフランス人の女の子、韓国人の女の子がしょうがなくやったりしてね。『異文化の違い』というよりも、どちらかというと『個人の違い』に近かったような印象ですね。」

 - 留学は、「ほとんど知らない街に、ある日突然住み始める」というイメージがあるのですが、「慣れない土地に暮らす」という点はどうでしたか?

 「黒崎さんは出身どこでしたっけ?」

 - 私は埼玉です。

「埼玉かー。じゃあそんなに東京から遠くないね(笑)。僕ね、出身が愛媛で……日本からスペインに行くのも、愛媛から東京に来るのもほぼ同じ感覚だったんだよね(笑)。結局どちらも『異』文化だから、そこに差はなくて。まあまあまあ、言葉の壁があるのは違うかもしれないけれど……。田舎から東京に来た子からすると、そういう異文化感は最初は多かれ少なかれあると思う。」
 

留学中、ボランティアで日本語を教えていた生徒たちと

 - 日本とスペイン、愛媛と東京……。同じ日本のなかでもそんなにも違うものですか?

「うん。国は同じでも、異文化がある。『異文化』って言葉、難しいよね。言語とか国が違うってことが中心に語られることが多いけど……実はそうでもない。だってそもそも個人個人がみんな異文化を持ってるわけだから(笑)。同じ埼玉の人でもさ、考え方似てるなって人もいれば、全然違う人もいるでしょ?日本人だって、そこはある意味『異文化』で。言語や国が大きな障壁だと考えがちだけれども、実はそれに負けないぐらい他にもいろいろなバリアーみたいなものはあるんだよね。僕はそう思います。スペインの仲が良い友達と、そうでもない日本人の知り合いとでは、むしろ日本人との間の方が障壁が高いことだってある。異文化を持っているけど、こっちのスペイン人の方が全然結びつきが強いなと感じることもあるし。意思疎通ができなきゃいけないから、言葉ができたうえでの問題だとは思うんだけど……。そういうことはよく考えます。『国が違うからってワケじゃないでしょ』と。」

触れてみないと分からない。

 
- なるほど。それでもやはり、海外経験の少ない人からしてみると、外国の方とお話しすることや海外へ行くことは、不安や恐怖を伴うものだと思うのですが…

「まぁとりあえず、触れてみないと分かんないよ。海外は行ってみないと分からない。怖いのは……しょうがないよね。怖いのはしょうがないけど、そこに一歩踏み出して触れてもらう。チャレンジしてみないと。まあそれも日本でも同じなんだけどね。日本でもなにかするのに尻込みすることはよくあるけど……。なにかやっぱりきっかけが必要なんですよね。僕は、『とりあえず旅行でもいいからなんかちょっと見てきなよ』と言いたい。ちょっと味見してみないことには何もわからないから。思ってたほど大したことなかったり、思ってた以上に大変なことがあったり(笑)。」

サグラダファミリアの塔の上から

 「滞在ビザの取り方とか、日本は割とそういう事務手続きに関してしっかりしていて、遅くても数日待てば出してくれると思うんだけど、他の国のほとんどはそういうのってルーズだから、受け取りに行っても『あー、まだできてないやー』とか言うのね(笑)。そういう向こうの人が持ってる感覚みたいなものって、やっぱり行ってみて、やってみなくちゃ分からない。『ああこういうのって、そういうことなんだ』ってね。経験して初めてわかる。だからとりあえず、旅行でも行ってみたらいいと思います。授業でもよく言っているけれど、学生時代に行く旅行とお金稼ぎだしてからいく旅行は、経験の質が全然違ってくるから。お金が無い時は知恵でなんとかしようとするけど、お金稼ぎだしちゃうとお金でなんとかしようとするようになっちゃうからね(笑)。安旅行、貧乏旅行するのとても良いですよ。ぜひバックパック担いで行ってください。」

「マイノリティである」という経験


「あ、あとね、一年レベルの留学で非常に大事だと思うのは、『マイノリティになれる』という点です。これは非常に大事なことで、『マイノリティの経験』は見方を広げるんだよね。スペインに行くと日本人は圧倒的なマイノリティ。そんな場所で生活してみると、同じことをするのにマジョリティの人が経験する苦労と、マイノリティの人が経験する苦労が全っ然違うことに気が付くと思います。最近はいろんな背景を持った学生さんがいるから、全員が全員ってわけではないだろうけど、日本にいては基本的にマイノリティの経験はできない。外国で家探しなんてするとよく分かるよね。電話をかけても、外国人というだけで断られる。当時は本当にショックだった。『ああやっぱ、こんな人種的な偏見っていうのは本当に存在するんだな』って思ったよね。今はそんなこと言われても全然へっちゃらだけど(笑)。若いころはショックだったね。」


「そういう差別って、日本にいたら、自分がどこかで誰かに対してすることはあるかもしれないけれど、されるってことは、まずないよね。日本人同士のなかのいじめっていうのはあるけれど、そうではなくて、『その国籍であるがために、なにか嫌な思いをする』。そんな経験の機会って、おそらく日本は他の国に比べると割と少ない方だと思うんです。『マイノリティになることができる』。これは留学の大きなメリットだと思います。デメリットではなく、メリット。学生のうちにこれを経験することができるのは、非常に大きな利益です。あと、そういうことを知ると、日本にいる留学生たちを見たとき、『ああ、苦労しているんだろうな』と苦労が分かるようになる。長期留学をしようかと悩んでいる学生さんには必ずこのことを言うんです。やったらいいよと。一年の留学だけでもけっこういろいろなこと、辛いことも楽しいことも経験するし、見方が広がりますよ。」
 

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他にもさまざまなお話をしてくださった二宮先生。個性的なエピソードに、思わず編集部員一同、会話に加わり、和やかな雰囲気のインタビューとなりました。私たちは毎日沢山の「異文化」と出会います。国外・国内問わず、「人との出会い」そのものを、一つ一つ大切にしていくことが、実は一番大事なことなのかもしれません。