人生と学び

変化を楽しむ、柔軟な生き方 常陸佐矢佳

みなさんは「編集長」と聞くと、どのような人物像を思い浮かべますか。おだやかな表情と柔らかな物腰でお話をしてくださったのは、津田塾大学の卒業生であり、働く女性を応援するサイト「日経ウーマンオンライン」編集長の常陸佐矢佳(ひたちさやか)さんです。大学卒業後、新聞社に記者として入社した常陸さんは、取材に奔走する中でも書くことの楽しさだけは忘れなかったと語ります。そんな常陸さんが、編集者として新たなフィールドで自身の人生を切り拓くことになったきっかけには、ある心の変化がありました。
 
今回は、常陸さんの今につながる経験や魅力的な人たちとの出会いと、そこから得た人生の学びについてお伺いしました。

 

大学時代を思い出すと、自然と笑みがこぼれます。

導かれるかのように入学した、津田塾大学

「高校では英語教育に重点を置くコースに通い、内部進学と外部進学の生徒が半々というクラスでした。高校3年生で選択を迫られたときに、これも挑戦するいい機会と捉えて他の大学を受けてみようという考えに至りました。人生において住む場所を変えるタイミングもなかなかないと思い、県外の大学を受けることにしたんです。どの大学を受けようかと迷っていた時に、隣の席の同級生が『良い大学があるから、私はそこに行きたい』と力説していて。それが津田塾大学だったんです。よくよく調べてみると、少人数教育でカリキュラムもしっかりしていることが分かり、受験することにしました。」

—先生方の熱心な指導があって入学することができたと語る常陸さんですが、どのような大学生活を過ごされたのでしょうか。

「大学時代は、何か一つに熱中したというよりも、とにかくいろいろなことをしましたね。一番思い出に残っているのは、たくさん旅行したことです。その中でも、中国人の友人のガイドで中国を1カ月ほどかけて車で旅したことは印象深かったですね。在学している間は寮に住んでいたので、留学生との交流もあり、旅先で留学生の家を訪ねることもありました。」

「大学で出会った友人とは、今でも繋がっていて、プライベート以外でも知人を紹介し合ったりという付き合いがあります。当時から、『自分は自分、人は人』という考えを貫いている、個性のある人が多かったですね。今会っても変わらないところが素敵だなと、同級生ながらに尊敬できる人たちばかりで、彼女たちから刺激を受けることが多々あります。その度に、自分と違うタイプの人の話を聞きに行くことは、とても大事なことだと思いますね。」

新聞記者として、社会へ飛び出す

—常陸さんが大学を卒業し社会に出ようとしていたのは、男女雇用機会均等法の制定から十数年経ったころ。就職氷河期でもあり、女性が長く働き続けるということにプラスのイメージがなかったと言います。
 
「正直、社会に出てやっていけるのか不安な気持ちがありました。後ろ向きだった私に、学生生活課に勤めていらっしゃった女性職員の方が、社会に出るとはどういうことかを丁寧に教えてくださいました。彼女のしゃんとした姿勢が素敵で、周りの人からも尊敬されていて、同じ女性として憧れる存在でしたね。その方のおかげで、社会に出ることの不安を解くことができ、就職活動に前向きに臨むことができました。」
 
 

—大変なイメージのある新聞社に、記者として入社することを選んだのはなぜでしょうか。
 
「高校生の時に副担任の先生が、学級通信で書いた私のコラムを、みんなの前で過剰なまでに褒めてくださったんです。それがとても嬉しかったという記憶が強く残っており、大学時代には、講義の内容や難易度などの情報をまとめた通信を作って配っていました。そんな中で、記事を書いて伝える楽しさを知るようになりました。情報で人を幸せにして、その醍醐味を追求出来る仕事と言えば新聞社だと思ったのがきっかけです」
 
「入社当時、女性記者はまだ少なくて、女子大からいきなり男子校に放り込まれた感覚でした。職場では拙い文章を徹底的に直され、ミスを叱られてばかりで、何度も『もうダメだ』と思うことがありました。しかしそんな中でも、たまに受ける記事への評価がとても嬉しくて。支局時代に取材であちこち飛び回ったことで、書く力も足腰も鍛えられましたし、何より諦めずに指導をしてくださる上司・先輩がいた。今となっては貴重な経験ですね。」
 
「その後移った部署では、編集の楽しさを知りました。どの記事を一番大きく掲載すべきか、タイトルやレイアウトをどうするか、ということを考える仕事をしていました。取材自体も好きでしたが、何かを『形作る』ことにはまた違った面白さがあり、とても新鮮でしたね。」

 

マクロから、ミクロな視点へ

—その後、経済部の記者として仕事をしているうちに、常陸さんの心には、ある変化が生まれました。
 
「経済の大きな流れを追うなかで、次第に『一人ひとりに寄り添い、心の声を丁寧に聞く取材をもっと重ねたい』という気持ちが芽生え始めました。そんな思いを持つ中で、働く女性にフォーカスした雑誌『日経ウーマン』の編集の仕事に興味を持ちました。もともと新聞社系列の出版社なので、書くことの楽しさも、編集の『形作る』面白さも両方味わえるという点が魅力的でした。」
 
—取材を通じて出会った人たちから学ぶことが、今でも多いと語る常陸さん。
 
「インタビュー取材で出会ったある起業家の女性が、とても前向きで魅力的な考え方をされていて、その方の書籍を作ったり、担当する日経ウーマンオンラインなどの媒体を通じてインタビュー記事の発信を行ったりしました。当時は『ブラック企業』という言葉が使われるようになり、起業や独立こそがかっこいいという風潮があった中で、その本は、会社の中にいても外にいても結局大事なマインドは同じであるということを伝えています。考え方や工夫次第で、組織の中で出来ることが思っている以上にあることに気づくことが出来る。それを起業家の立場からのご指摘だからこそ、説得力もありました。その方は編集を担当する私たちを信頼して任せてくださったので、一緒に仕事が出来たことはとても楽しかったですね。」

 

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軸は、変化していくもの

-様々な局面で選択する機会がある中で、心がけているのは「来たものを全力で打つ」ということだそうです。
 
「自分自身で無理に決断の期限を設定しないようにしています。転機は向こうからやってくると思っているので、タイミングがきたらそれに乗る、という感じですね。『この仕事を成し遂げられたら、次はこの仕事に挑戦してみよう』とか、日々の仕事の中で小さな目標設定はしています。それを続けているうちに自然と前に進んでいたり、仕事の幅が広がっていたりしています。」
 
「軸探しという言葉がありますよね。私は『自分はこうである』というものって、環境の変化と共に変わっていくものだと思っています。今の状況を把握して課題を解決する努力は必要ですが、軸を固定する必要はなくて、変われるところは変わっていっていい。状況に合わせて自分なりに対応できるようになることが重要なのではないでしょうか。」
 
「何かを選択したり、今の自分の軸を知ろうとしたりする時には、信頼できる人の意見を聞くようにしています。この人の言うことだったら信頼できる、という人たちの意見を拾い集めてみるんです。そうすると、納得できる部分と納得できない部分が出てきます。その中から、自分の直感に合う言葉を探していって、しっくりくるものが自分だと言ってしまっていいのではないでしょうか。これが私の考える、軸探しですね。」

 

社会はそんなに怖くない

-最後に、これから社会に出る人生の後輩に向けて、ご自身の経験から得た学びを教えていただきました。
 
「メディアを通して流れてくる情報は、ネガティブなものが多くなってしまいがちです。もちろんそこを伝えることは大事ですが、社会のプラスの面を伝えるのもメディアの役割です。生き生きと働く人はたくさんいます。そんな社会のポジティブな面の情報も届けていきたいと思いながら仕事をしています。」
 
「社会には思い切って飛び出てみてください。まだまだ若いのだから軌道修正しながら人生を歩んでいけば良いのではないかと思います。仕事の面白さを知ることは、その先の人生にもつながります。とくに出産などで一度仕事から離れて、子どもが大きくなって再出発するという時にも、働くことの楽しさを知っていると再スタートを切る上で心強いですよね。また困ったときに『助けて』と言える相手を見つけておいたり、環境を作っておいたりすることも大事です。働き続けるには自分なりのセーフティーネットを張っておくことが重要なのではないでしょうか。」
 
「今働き方についていろいろなところで議論されていますよね。これまでの常識がどんどん変わっていく境目にあります。これから、自分なりの働きやすいあり方を追求する様々な取り組みが模索されていくことと思います。変化に不安は付きまとうものですが、この時代を前向きにとらえてみましょう。そして周りの人たちの力を借りながら、それぞれの道を選び、力強く前に進んでいただきたいと思います。」

 

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編集後記

 常陸さんに初めてお会いしたのは、2015年の前期に学内で開講された「日本語ライティング講座」(キャンパスレポート #7 参照)を受講した時でした。働く女性に憧れて、高校生の時から「日経ウーマン」を立ち読みしていた私にとって、それはまさに夢のような出会い。講座のなかで常陸さんは、「書く」にまつわることに加えて、お仕事のことからご自身のことまで様々なお話をしてくださいました。ちょうどその頃、大学卒業後の進路について考え始め、漠然とした不安を抱えていた私の胸には、常陸さんの言葉が強く響いたのです。純粋にもっとお話を伺いたいという気持ちと、私と同じような心情にある学生にそれを伝えたいという思いから、取材の依頼をさせていただいたのが、この記事が生まれるきっかけとなりました。
取材と編集のプロである常陸さんにインタビューをし、その原稿を見ていただくことはとても緊張しましたが、多くの学びを得る貴重な機会となりました。この記事が、社会へ出ることを前向きに捉えることの一助となれば、幸いに思います。