つだラボ
新五千円紙幣の顔 津田梅子~マンガ読み比べ座談会~
新五千円紙幣の顔に、津田塾大学の創立者である津田梅子が肖像画として選ばれました。近年、新紙幣発行に伴い、津田梅子をマンガで紹介するという企画が多くの出版社で行われています。今回『plum garden』編集部では、新紙幣発行を記念してマンガ読み比べ座談会を開催しました。部員と顧問との対談をどうぞお楽しみください!
今回、読み比べしたマンガはこちらの4冊です。
1.『小学館 学習まんが人物館/津田梅子』・シナリオ/菅谷淳夫 まんが/みやぞえ郁雄 監修/津田塾大学津田梅子資料室・小学館
2.『学習まんが 世界の伝記NEXT 津田梅子』・シナリオ/蛭海隆志 まんが/RICCA 監修/津田塾大学津田梅子資料室・集英社
3.コミック版 世界の伝記 『津田梅子』・漫画/高田桂 監修/津田塾大学津田梅子資料室・ポプラ社
4.『角川まんが学習シリーズ まんが人物伝 津田梅子 女子高等教育にささげた生涯』 監修:髙橋 裕子、カバー・表紙:吉元 ますめ KADOKAWA/角川まんが学習シリーズ
今まで津田梅子に対してどのような印象をもっていましたか。
中村: 以前『津田梅子 ~お札になった留学生〜』というドラマのプロデューサーで卒業生の方にインタビューをさせていただいたことがあって。それまでは、「英語教育の人」などの漠然とした認識しかなかったんですけど、その方とお話しすることで、また新しい梅子先生が見えてきて。 はじめは「どうして津田塾に数学科とか情報科学科とかがあるのかな」って思っていたんですよね。でも実はブリンマー大学※1では、生物学、いわゆる理系に分類されるような学問を極めていらした方だっていうことを知って、少し親近感が湧きました。津田塾の中で理系ってやっぱり少数じゃないですか。でも、梅子先生にゆかりのある学問なんだと知ってから、自分と梅子先生の繋がりが見えてきました。
それから、「厳しい教育をされた方」っていうイメージももっていたんですけど、それが今の津田塾生にも生きてることを実感したことがあって、100年以上前に生きていた梅子先生の意思が、今もなお受け継がれているってすごいことだなと思ったんですよね。なので「影響力の強い人」っていうイメージがあります。
※11885年創立。アメリカ合衆国ペンシルベニア州ブリンマーにある私立女子リベラル・アーツ・カレッジ。2度目の留学で津田梅子が学んだ場所。
堀内: 実は小学生の頃、津田梅子先生について夏休みの自由研究で調べたことがあったんです。梅子先生って「女子教育の先駆けを作った人」という印象が強かったのですが、マンガを読んでいくなかで、日本人だけじゃなくて意外と海外の方とも関わりがあるんだなと思って。例えば、本館の名称である「ハーツホン・ホール」※2が梅子先生の友人の名前が由来だったなど。 自分が通う大学は、海外の人の手助けも借りてできてたんだなっていうのを感じて、すごく嬉しくなり誇らしく感じました。
※2関東大震災により焼失した校舎を再建するために尽力した、英語教師のアナ・ハーツホンに由来する。ハーツホンは津田梅子のよき理解者であり親友だった。
郷路: ですよね。これらの「学習まんが」って基本的には小学生向けですけど、改めて大学生になってから読んでみると、小学生の時とは違う印象というか、小学生の時はそんなに深く感じられなかったことが感じられるんじゃないかなと思うんですよね。例えば、さきほど中村さんが言っていた理系の話ですけれども、 ブリンマー大学に行っていきなり生物学をやるってすごくないですか。梅子は欧米の学術雑誌に論文が掲載された最初の日本人女性なんですよ。なので、科学者としてもパイオニアなんですよね。それでマンガにも描かれているように、ブリンマー大学のトマス学部長※3に、「大学に残りなさい」と言われるんだけれども、それを断って、教育者となるために日本に帰るわけじゃないですか。その辺りの選択のすごさっていうのって、 多分、今大学生になっているみなさんだと、より感じられると思うんですよね。
※3ケアリ・トマス。梅子が二度目の留学をした際の恩師。研究者としての梅子を高く評価する。
中村: 信念が、本当に強いんだなと思いました。私だったら、「研究者としてもやっていけるわよ」と言われたら、それでやっていきたくなっちゃうと思います。けれど梅子先生は「自分の本筋はそこじゃない」というのをきちんと自覚しているというか……。それは与えられた運命というわけではなくて、「自分の本筋はこれだ」というふうに、 自分の核をもっているからできることで。その核をもっていることに加えて、他者からの甘い勧誘に揺るがないのもすごいと思いました。私だったら研究したくなっちゃう!
マンガの中に出ているエピソードで、改めて今大学生として見てみて、驚いたことってありますか。
中村: 渡米直後のごく小さな子どもの頃にラテン語、数学、物理学、天文学、フランス語を勉強したと書いてあって、どうやってそんなに勉強したんだろうと、その当時の数学って何してたんだろうって気になりました。(『小学館 学習まんが人物館/津田梅子』・シナリオ/菅谷淳夫 まんが/みやぞえ郁雄 監修/津田塾大学津田梅子資料室・小学館/p.44)
郷路: そんな子どもが我々の小学校にいたら絶対目立つと思うんです。素質があったのかもしれないけれど、 そんなに多くのことを勉強できるもんなんだって思いました。渡米してから約9か月で英文の絵日記を書いちゃうみたいな。ただ単に頭がいいとか、子どもだから吸収が早いとかじゃなくて、 間違いなくものすごく努力をする人なんだよね。
中村: はじめ、梅子先生がアメリカ留学を決めたきっかけはなんだろうって思ったら、イチゴに釣られてアメリカに行ったみたいなことが書いてあって。 アメリカがどんなところでどこかも分からなかっただろうけれど、それに釣られちゃう梅子ちゃん。学習の様子とのギャップが大きくて驚きました。(『小学館 学習まんが人物館/津田梅子』・シナリオ/菅谷淳夫 まんが/みやぞえ郁雄 監修/津田塾大学津田梅子資料室・小学館/p.44)
マンガを読み比べてみてどう思いましたか。
堀内: 私はポプラ社の『コミック版 世界の伝記 「津田梅子」』を読みました。梅子先生は、子どもながらに親の意志でアメリカに行かされちゃったっていう印象があったんですけれど、船に乗った後、 父からもらった本を開いて、英単語の勉強をしているというシーンがあって。梅子先生は勉強するために海外に行くっていうのが、幼いながらにちゃんと意志を持っていたんだなっていう印象を受けました。(コミック版 世界の伝記 『津田梅子』・漫画/高田桂 監修/津田塾大学津田梅子資料室・ポプラ社p.5~11)
郷路: 角川漫画学習シリーズの『津田梅子』では、「リベラルアーツ」という言葉がでてきますよね(p.94)。大雑把に言えば、文系も理系も分け隔てなく学ぶというアイデアなんだけれども、小学生が聞いてもあんまりピンとこないかなというところは確かにあるんだよね。でも、この言葉ってやっぱり津田梅子を語る上ではとても大事な言葉で、それが使われているのはこの角川版『津田梅子』だけなんだよね。この角川版は、今回取り上げる4冊の中では、一番細かく丁寧に津田梅子に関わるエピソードを拾い上げていました。
田中: 集英社の『学習まんが 世界の伝記NEXT 津田梅子』では、伊藤博文が留学生の子たちを安心させるために、野菜の味噌漬けを提供したみたいなエピソードがあって(p.13)。これって、他のマンガにはなかったことだなと思いました。このマンガのオリジナリティだと思います。
郷路: そうですね。野菜の味噌漬けエピソードは、この4冊の中ではこの中にしかない。どうしてこのシーンを描こうと思ったんだろう?
堀内: 私はこのエピソードを聞いて、すごく親近感が湧きました。6歳でアメリカに渡る梅子先生は自分とは全く違う人だと思っていたので、海外に行った時に、日本の味が恋しくなったりとかするじゃないですか。梅子先生も同じだったんだなと思って。
田中: 同じく集英社のマンガでは、私立学校の設立の条件が書かれてるんですけど(p.69・p.70)。これって、小学生からしたら難しいのかなと。土地・校舎・設備・教員がどれぐらい必要なのかとか。
郷路: そうですね、でもね、梅子先生のことを考える上で、とても大事なことだと思うんですよ。梅子先生のすごいところの一つは、女子のための学校を作って、それを経営しながら教室で教えるということを同時にやっていたことなんだよね。だから、経営者的な役割と、それから教師という役割というのを同時にこなしていたわけですよ。この年になってみると、それがいかにすごいことなのかっていうのを痛感するんだよね。
一同: 梅子先生、いつ寝てるんだろう。
中村: 『小学館 学習まんが人物館/津田梅子』では、生徒が正しく発音できるようになるまで何度でも繰り返し教えたり、しっかりと予習して英語で討論したりするエピソードがあって(p.122・123)。正しく発音できるまで何度でも繰り返すとか、 しっかり予習して英語で討論するとか、英作文をとことん書き直すとか、まさに私が津田塾生として、学部の4年間やってきたことだなって思いました。これだけ丁寧にチェックするのって、絶対時間がかかると思うんです。いくら生徒の人数が少なかったとはいえ、一人ひとりの英作文を毎回チェックして、それも授業ごとに更新されていくわけじゃないですか。教える側も根気がいることだと思うし。発音できるまでっていうのも、かなりの時間が費やされますよね。それに加えて、女子英学塾の運営とか経営の問題、先生の人材確保とか、 あとは保護者の方との関係もあるだろうし。 教えることだけでもすごく大変そうなのに、それにプラスアルファでいろんなものが追加されて。24時間しかない1日をどうやって過ごしてたんだろうって思いました。
田中: そうですよね!梅子先生もすごいんですけど、梅子先生に長年協力したアナ・ハーツホン※4やアリス・ベーコン※5も女子教育に尽力された方だなと思いました。新校舎建設の資金が全然足りないという事態に陥るんですけれど、その時に無償で働くというエピソードがあって。時間も体力も費やすのに、無償で提供するってすごいことだなって思います。
※4梅子が2回目の留学中に出会った親友。来日後、梅子の片腕として女子英学塾の創設に尽力した。
※5捨松の留学先のホストファミリーの娘。来日後、教師として働きながら梅子を支えた。
郷路: 関東大震災で女子英学塾の校舎が焼けてしまって、新しい校舎の資金を集めるためにアナ・ハーツホンはまだ熱い灰に覆われる横浜港からアメリカに戻る。ここから3年をかけて新校舎建設に必要な50万ドルを集め、日本に戻った。50万ドル。現在の日本円で約7億8000万。そのおかげで小平キャンパスのシンボルであるハーツホンホールがあるんですよ。そういう情熱を持った人を動かしたのが梅子先生の情熱だったりするんです。このエピソードも、角川版『津田梅子』に詳しく描かれています。
中村: 少し時代が前に戻るんですけれど、 女子英学塾立ち上げの時に、 捨松さん※6やアリス・ベーコンさん、アメリカ時代のお友達、ブリンマー大学のトマス先生とかが、「梅子が協力を求めているわ、みんなで助けましょう。寄付を集めて梅子の学校を成功させるのよ」って言っていて。梅子先生の人柄や、熱心、あと努力と実力が、いろいろな人から認められたんだなと思いました。それがきちんと実を結んだ瞬間、彼女のために世界中から寄付金を集められたということなんじゃないかなって思いました。
※6梅子とともに渡米した留学生。山川厳(元日本陸軍大臣)と結婚した後も、女子教育に尽力した。
郷路: マンガを読むと、津田梅子という人が、その志でものすごく多くの人を動かした人だということがよく分かりますよね。いろいろな人が出てきて、梅子先生を助けるわけじゃないですか。伊藤博文もそうだし、ランマン夫妻※7とかね。大きな流れを生んでるんだけれども、梅子先生の根本的なモチベーションになっていることは、やはり、「学ぶこと」と「教えること」 。偉くなるとか、お金がたくさん儲かるとか、そういうことではなくて。とにかく、勉強が好き。そこにすごい情熱がある人だということがよく分かりますよね。
※7留学生の梅子を迎え入れたホストファミリー。梅子が帰国してからも、手紙で交流し続けた。
堀内: ポプラ社の『コミック版 世界の伝記 「津田梅子」』では梅子先生がヘレン・ケラーやナイチンゲールに会う場面が描かれていたんです。
彼女たちに会って、先生がどんな影響を受けたのか知りたいなって思いました。
私が読んでて思ったのは、ヘレン・ケラーと会った時に、ヘレン・ケラーというよりも彼女の恩師であるサリバン先生に焦点を当てた描き方をされていて、 サリバン先生の熱意がヘレン・ケラーを変える。梅子先生とサリバン先生の教育に対する意志が重なって見えました。
郷路: フローレンス・ナイチンゲールですね。看護師として兵士の看護をしたという側面と同時に、統計学の先駆者でもあるんですよ。どうしたら病院内を衛生的に保てるか。どうすれば病院内の不衛生による感染症とそれによる負傷兵の死亡を防げるか尽力した人です。他者に対する献身と、科学的な視点を併せもっていたわけで、そこに梅子先生にとって何か響くものがあったんじゃないかと思います。
一同: 初めて知りました!
マンガの中で印象的だったシーンはありましたか。
中村: 『小学館 学習まんが人物館/津田梅子』を読みました。華族女学校では梅子先生の声が一番大きかったらしく、「生徒たちが驚いてしまうから静かめに話してあげて」と同僚から言われていたみたいです。ひとまず謝りはしましたが、「発音の授業ですから、声をはっきりと出すことは必要なことです」と仰ってて、すごいなって思いました(p.80・81)。相手の意見を一度は受け止めはするものの、それをフォローする理由も添えて主張するって、堂々としていてかっこいいですよね。
郷路: 話は変わるんですけれど。ここで「津田梅子のマンガ」ではなくて、津田梅子が登場人物として出てくる、という作品の話もさせてください。そういう作品、残念ながらあんまりないんですけど、一つどうしても紹介したいものがあります。よしながふみ作の『大奥』という作品です。このマンガは衝撃的でした。私は、結構マンガを読む方ですけれど、これは人生ベスト3には確実に入る、それぐらい凄い作品です。あんまりネタバレはできないんですが、この作品の中に一登場人物として津田梅子が出てきます。そしてなんというか......めちゃめちゃいい出かたをします。この『大奥』というマンガは、舞台は徳川幕府の江戸城なんですけれども、一つ大きな仕掛けがあって、この物語の中では、将軍は女性で、大奥にいるのは男たちなんですよ。だから、「上様の御成~り~」っていう時代劇によくあるようなシーンで出てくる将軍が女性で、周りに美男が、ざっと並んでるというシーンなんですね。私たちが普段慣れ親しんでいる江戸時代の歴史とは全然違う、突飛な異世界から始まっていくんだけれども、読み進めていくと、徐々にその世界が現実味を帯びてくるんですね。どんどん本当っぽく感じられるようになってくるんです。そしてストーリーは最終的に、今我々が知っている現実に見事に戻ってくるんですが、その繋がるときのアンカーの役割を果たすのが津田梅子なんです。だからストーリーは基本、江戸時代を舞台にした「ジェンダーSF」ということになります。けれども、そのお話が最終的に津田梅子に繋がるっていうことにものすごい必然性があって、その知らなかった歴史が、私たちの知っている歴史、それこそ日常風景に、すっと繋がっていくところが衝撃的にすごかった作品です。
中村: その歴史上の人物が出てきて違和感がないってことは、史実ときちんと整合性があるように描かれてるってことですよね。
郷路: それがすごいのよ〜。『大奥』は、津田梅子そのものを描いた作品ではないですが、この物語の中で津田梅子が出てくること自体にすごく重要な意味があります。そしてその「意味」は、津田塾大学に関わる人達にとってとても大きなものだと思うので、どうしても話をしたかったんです。お勧めです。
最後に
部員と顧問との対談企画はいかがだったでしょうか。対談を通して、津田梅子先生の努力が多くの人の心を動かしたんだなと実感しました。リベラルアーツ教育を掲げているように、津田塾大学では学科の専門分野の領域を越えてさまざまな学問を学ぶ機会があります。こうした学びの中で、自らの視野を広げていく力が培われていると思いました。